Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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Villejuifのブロカント・イリュストラシオンの表紙

明けましておめでとうございます。
ブログをはじめて2016年3月で4年目、なんとか続いております、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、まだ2015年分のブロカント記録が終わっていませんでした。
12月6日(日)、94県Villejuif ヴィルジュイフのブロカントへ。



92県 Issy- les- Moulineaux イッシー・レ・ムリノーの友人宅へ行く途中に寄った。
Seaux ソーでもやっていたのだけど、ヴィルジュイフは5年前まで住んでいた街で、しかもよく買い物に行っていたカルフールの駐車場で開催。
ものすごく懐かしくなって行ってみたら、私が住んでいた時にはなかったトラムが開通していて驚いた。

住んでいた当時のブロカントは泥棒市かと見まごうようながっくりくるようなものだったけど、この日もまぁ、ひどかった。
77県でもよく開催しているSTAR BROCANTE主催だったので、フリマとマルシェと古物商の混ざった市かと思ったら、やはり地域性が出るものですね、良い意味での古い物はほとんどなし。
古着におもちゃ、オーディオのコードとかリモコンとかそんなのばかり。
高級住宅街であるソーの方に行けば良かったとかなり後悔。





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L'illustration, Noël, n°4892, 6 décembre 1924

収獲はこの一点。

1924年12月6日発行の「L'illustration(リリュストラシオン) ノエル号」の表紙のみ。
イリュストラシオンは、1843年から1944年まで発行されていた挿絵入りの週刊新聞。
これは発行82年目、4266号、15フラン。

フラゴナール(Jean Honoré Fragonard 1732-1806)が描いたオペラ座のダンサー兼娼婦、マドモアゼル・ギマール(1743~1816)の肖像画。

今度はこれを入れる額を探さなくては。





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Portrait de Marie Madeleine Guimard Par jean Honoré Fragonard 1769 Musée du louvre

フラゴナールのマドモアゼル・ギマール(Marie Madeleine Guimard マリー・マドレーヌ・ギマール)と言えば、1769年に描かれたルーブル美術館蔵のこちらの肖像画の方が有名です。

表紙の絵は個人蔵のせいか今まで見たことがありません。

1月24日までリュクサンブール美術館でフラゴナール展開催中。
Fragonard amoureux. Galant et libertin





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裏を引っくり返すと広告。
じっくり読むとなかなか面白い。

定期購読だと1年間120フラン、半年は61フランなどと記載されている。




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SUZE やDUBONNET 、CAMPARI、 RHUM NEGRITAなどお酒の広告が目立ちます。





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エスプリの効いた今週のクロッキー。
夜会のような場面でマダムが男爵に向かって、

-失礼な方ね、男爵。
わたくし12月25日で49歳になりますのよ。
-何年の(12月25日)?

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Tournan-en-Brie・30年代ヴェルサイユ宮殿の写真集

2014年8月24日(日)は、トゥルナン・オン・ブリーのブロカント。
ヴァカンスも終わりに近づき、人々も街に戻りそろそろ平常運転開始、多くのスタンドと人出で賑わっていました。


見つけたのは、Yvon社から出版された古いヴェルサイユ宮殿の写真集。
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Yvon社はフランスで最も知名度の高いポストカード制作会社で、「Yvon」というあだ名の写真家・Pierre Yves Petit(1886-1969)が1919年に創立した。
1920年から絵葉書や写真集を出版して、現在も販売している。
ポストカード専門店で売っているカードや、お土産用の絵葉書にこの「Yvon」のマーク、よく見かけます。




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出版年や価格、何も情報が記載されていない、印刷されているのはこれだけ。




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1枚1枚調べてみたら、そのうちの1枚、プチ・トリアノンの写真がヒット。
1930年4月29日に撮影されたらしい。
20ページほどの中に3枚ほど訪問者たちの姿が写っているのだけど、やはり1920~30年代の服装です。




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茶色の厚紙に、セピア色の写真をホチキスで止めてあるだけの簡素な写真集です。
写真の解説も何もない、大きめのポストカードを写真集風にまとめました、という感じ。




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「マリー・アントワネットの田舎家」
色がモノクロのせいか荒涼とした印象だけど、現在となんら変化はなさそう。
もちろん1930年代から現在までの間に修復工事はあっただろうけど。




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「愛の殿堂」
古い写真の今と昔を比較するのが好きなのだけど、街並みの変化と違って比較のしようがないくらい変わってない。




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こちらは1904年にウジェーヌ・アジェによって撮影されたもの。
ほぼ同じアングル。
手前の樹、同じです。
最近ヴェルサイユ行ってないのだけど、この樹まだあるのかな、なんて気になっています。

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古絵葉書のサロン ギロチンとマリー・アントワネット

2014年1月12日(日)は、Ozoir-la-Férriere(オゾワール・ラ・フェリエール)で開催されたサロン・ド・カルト・ポスタル(古絵葉書の展示即売会)へ。
予想通り売り手も買い手もほとんどが年配の男性。

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アルバムや木箱にテーマ別にきっちり並べられているのだけど、とにかくジャンルが多いので自分が探しているテーマを売主さんに言って絵葉書の束を出してもらい、1枚1枚見てゆく。

私が探しているのはフランス革命に関する物、特にマリー・アントワネット。
売主さんたちによるとこのジャンルはあまり需要がないそうなので私にとっては探しやすい。
かなりのスタンド数があったけど、なんせ見る枚数が半端なく多いので全てのスタンドは回りきれず。





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5,6人の売り主さんの持ち物からじっくり選んだのがこれら。





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1789年10月5日、パリ市民がパンを求めてヴェルサイユに行進。
翌6日、国王ルイ16世一家はパリへ出発し、チュイルリー宮殿に住むことになる。
これは、パリへ出発する際の様子を描いたもので、もともとはイギリスで発行されたエッチングを絵葉書にした物。





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1793年、革命裁判所(Tribunal Révolutionnaire 1793年パリに設置された特別犯罪裁判所)でのマリー・アントワネット。
左側の机に座っている帽子の男が革命裁判所の検事アントワーヌ・フーキエ・タンヴィル、手前が陪席判事のジャック・ルネ・エベール。
のちにこの2人もギロチン台に送られる。





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起訴状が読み上げられるのを聞くマリー・アントワネット。





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1793年10月16日午前4時満場一致で死刑判決を受け、12時15分コンコルド広場にてギロチン刑。





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そしてこちら、ギロチンの写真の葉書。
落ちた首を入れる柳で編まれた籠がセットされている。

安達正勝著「死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男」というムッシュー・ド・パリと呼ばれたパリの死刑執行人の暮らしぶりや苦悩を回想録を基にして書かれた本が面白くて、モンマルトル墓地にサンソン家の墓参りに行っただけでは気が済まず、どうしてもギロチンの写真が欲しくてずっと探していたのだ。

そして死刑執行人にまつわる話を。
死刑執行人には1721年までは給料というものがなく、市場で食料や日用品を売る商人から一定の品物を税金として現物徴収する権利が与えられていた。
パン屋もサンソン家に税金としてパンを渡していたが、処刑はたいてい正午に行われることが多いので昼どきにパンを受け取りに行くことが出来ない、そこでパン屋は他の客にサンソン家のパンを渡してしまわないよう目印として裏返しにしてとっておいた。
フランスで「パンを裏返しに置くと不吉なことが起きる」という迷信の由来はこれ。
パンをきちんと渡すという目的以上に、国王の命令で犯罪者を刑に処す仕事だけれども人々からは忌み嫌われ除け者にされていた処刑人一家への差別の意味も含まれているものと思われる。

ちなみにルイ16世やマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンの刃は、サンソン家最後の死刑執行人が借金のために質入れ→買戻し→その後知人のイギリス人に買い取られ、今はロンドンのマダム・タッソー蝋人形館に展示されている。

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Neufmoutiers-en-Brie・古絵葉書で見るパリ

5月19日(日曜)の早朝、また雨のなか出掛けたのは、ヌフムーティエ・オン・ブリー。
人口1000人にも満たない小さな街。雨も降ってるしで、ブロカントのスタンド数は20くらい。




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この時季はあちこちの家の塀に藤の花が見られるのがうれしい。




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ここでは久しぶりに絵葉書漁り。
パリや地方の街の写真のはがきをいくつか。




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これはイエナ橋から見たトロカデロ・シャイヨー宮。この建物は現存しないのでうちには既にもう何枚かあるのに、この絵葉書を見掛けたら買ってしまう。

1878年の第3回パリ万国博覧会 (Exposition Universelle de Paris エジソンの蓄音機などが展示) の展示場として建設されたこのシャイヨー宮は、1937年の第7回パリ万博の前(1935年)に取り壊されて建て替えられた。




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これが現在のイエナ橋とシャイヨー宮。すっきりとモダンな建物だけどやっぱり昔のネオ・ビザンチン様式の方がいい。





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こちらはモンマルトルの丘とフニキュレール(ケーブルカー)。




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裏を見ると、1908年のスタンプが押してあり、Germaine(ジェルメーヌ)さんというなんとも古めかしい、この時代に流行っていたであろうお名前の女性から叔母様宛の挨拶状。細い万年筆でとても小さな字が書かれおり、大文字の花文字が優雅。Bonheur du jour (ボヌール・デュ・ジュール)と呼ばれる女性用の小さな書き物机で書いていたのかな、なんて想像してしまいます。

フニキュレールは、1900年に稼働し始めたのでこの葉書の写真は初期の頃のもの。




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現在。
1991年に今のモダンなフニキュレールに変わった以外、100年前と何も変わってない。

時々、パリ大改造以前に撮影されたシャルル・マルヴィルやウジェーヌ・アジェの写真集を片手に、どう変わったのか、まだ残っているのかビフォアーアフター調査しながらパリの街を歩くのも楽しい。




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特に大改造を逃れたセーヌ川沿いのノートルダム寺院近くの裏道(写真はノートルダム寺院の尖塔を望むRue Chantreと Rue Ursinsが交差する所)や、マレ地区などは昔の路地や建物が残っていて、バルザックの時代、失われたパリの時代に浸れる。




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私のパリ散策お供の写真集たち。





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そしてこれが、「Bonheur du jour (ボヌール・デュ・ジュール) 一日の幸せ」
(一般的な「Secrétaire(セクレテール)」と呼ばれる男性も使える書き物机より一回りも小さい。)
小さくて細くて華奢な女性用、いえご婦人用の小机。書き物をしない時には甲板をしまい込めて、鍵のついた小引き出しもついている。


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