Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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フォンテーヌブロー散策

数か月も前のことですが、今年の夏休み中、天気の良い日は良くピクニックしにあちこち出掛けました。



この日はちょっと遠出して久しぶりにフォンテーヌブローへ。




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Cour d'Honneur
街ではマルシェが開かれていたので食材を調達して、フォンテーヌブロー宮殿の庭へ。






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12世紀頃から王族の狩りの館として使われていて、1528年にフランソワ1世がルネサンス様式の現在の宮殿に建て替えた。
フランソワ1世がレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに迎え、フランス・ルネッサンスの中心となったのがここフォンテーヌブロー。





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この馬蹄形の階段は、1814年ナポレオン1世が退位後、近衛兵に向かって最後の演説をし別れを惜しんでエルバ島へ流されていった別名「別れの階段」。

1500もの居室があるフランス最大の城。
既に5~6回内部見学しているので今回は外のみ。
内部のセーブル焼きのコレクションとか、家具調度品は豪華で素晴らしい。






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階段の扉の上にはフランソワ1世の彫像。





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階段そばの門をくぐり抜けると、「Cour de la Fontaine 泉の中庭 」に出ます。





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城の中は何度も見学しているのに、中庭や庭園は初めて。

正面からは見えないけど奥にもこんな広い空間が広がっていたなんて知りませんでした。





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「Etang aux Carpes 鯉の池」。

アンリ4世がロレーヌ公から贈られた60匹の鯉を放したことから名付けられた。
今でもたくさんの大きな鯉が泳いでいます。






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ル・ヴォーとル・ノートルによって造られた「Grand Parterre パルテア大花壇」。

この先には更にアンリ4世が造った全長1200メートルの大運河があるらしいが、さすがにそこまで行く力はありませんでした。





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馬車に乗っての敷地内散策も出来る(約20分の散策で大人7,50ユーロ、子供5ユーロ)。
観光トランの発着も宮殿の正面入り口に。





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「鯉の池」の中にはあずまやもあり、白鳥やカモが泳ぎ、時々列を作って散歩道を渡るカルガモの親子が可愛らしかった。

ピクニックはこの池のほとりで。
日差しは強かったけど、散歩道には木がたくさんあり気持ち良い。





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宮殿の尾翼の裏には「Jardin Anglais 英国庭園」。





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「Jardin de Diane ディアナの庭園」には、狩りの女神・ディアナ(ダイアナ)の像。

ディアナはよく絵画や彫像の主題にされてるけど、ヴァロワ家ゆかりの城でそれらを見ると、フランソワ1世の次男、アンリ2世の20歳も年上の愛人、ディアヌ・ド・ポワティエを連想してしまう。

Chateau De Fontainebleau
Place Général de Gaulle
77300 FONTAINEBLEAU

7、8月を除く毎月第一日曜は無料。
★4つの美術館のうち、「ナポレオン1世美術館」は2018年2月10日まで工事の為閉館中。





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ピクニックを終えて庭を散歩して、中心部へ。
レストランやカフェ、ブティックがたくさんあって、結構大きな街。





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フォンテーヌブローに来たら必ず寄るパティスリー、フレデリック・カッセルでケーキを調達し、再び宮殿に戻り、中心部からいちばん近い「ディアナの庭園」でおやつ。

フレデリック・カッセルは世界最高レベルの菓子職人が集まる「ルレ・デセール」の会長。
パリに支店はないけど、東京と京都には支店がある。
地味な外観だけど、中は明るく、お客さんがひっきりなしで活気があります。

スペシャリテはパイ生地にバニラクリームの伝統的なミルフィーユ。

Frédéric Cassel
71 Rue Grande
77300 Fontainebleau

営業時間  
日曜 7時~13時半
火曜~金曜 7時半~19時半
土曜 7時~20時

定休日 月曜 






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今回はチーズケーキ(左上)、ピスタチオが土台のイチゴのタルト(右上)、レモンタルト(左下)、杏子のコンポートやクリームを重ねたミルフィーユ(右下)、各5ユーロ。

どれも美味しかったけど、特に杏子のミルフィーユは軽くて杏子がレモンみたいな甘酸っぱさで美味しかった。





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アイスやショコラ、パンもあって、特にショコラは「SAKURA」やお茶など日本に店を構えているパティシエらしいものがあってお勧めです。

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メタルのRentilly城・文化公園散策

この夏よく子どもたちとピクニックに行っているのは、77県のビュッシー・サン・マルタンのランティイ文化公園。



パリから東に30Km。





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ごくごく普通の城の入り口なのですが…、





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現代アートセンターとなっている全面にメタルが張られた斬新な城を中心に、アトリエや資料館があり、54ヘクタールもの広大な緑の敷地が広がっています。

昨年夏から何度も行ってるけど、展覧会がない時ばかりで、これまで城の中に入る機会が一度もないのが残念。




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元々はごく普通の18世紀邸宅風の城だったのが、文化省とイル・ド・フランスのモダンアート協会、県が買い取り、コンペティションにより2011年にアーティストXavier Veilhanのデザインでメタル・イノックスの素材で覆われてしまった。

初めて見た時はもったいないと思ったけど、何度も見ると慣れてきたのか自然の中に溶け込んでいるかのよう、こんな城が一つはあってもいいかもと思えてきたから不思議。




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2009年、Xavier Veilhanのエキスポジションでヴェルサイユ宮殿の庭園内に飾られていた像、今ではここの敷地内にあります。





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城の正面には池や階段状の滝があるフランス庭園。
その奥に英国風庭園があるようだけど、まだそこまで行ったことがありません。

野生の鹿が時折、ピクニックしている人たちの間を走り抜けて行くことも・・・。





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城の裏手は大きな木が植えられ、芝が広がっている。
1819年に当時のランティイ領主だったオランダ領事のIsaac Thuret が植樹を開始して英国庭園ができた。
その後も所有者が変わっても木は植え続けられた。

網を張ってバドミントンしたり、ボール遊びに凧揚げ、疲れたら寝転がって食べて・・・と、1日のんびりできます。
とにかく広くて、人が少ないので広々使えて快適です。





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資料館となっているオランジュリー。
オランジュリーの手前に駐車場もあるし、無料の自転車貸し出し所もある。





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敷地内には英国風コテージのような建物も。
この建物のそばにトイレもあるので便利。





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オランジュリーの横には崩れかけているけど、ロココ風(ロカイユ)だったであろう泉のあとも。

Parc culturel de Rentilly - Michel Chartier
1 Rue de l'Étang
77600 Bussy-Saint-Martin

パリからだとRER A線のTorcy下車、駅から600メートル。
敷地内にも周辺にもレストランや店はないので要注意。

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Moret-sur-Loing散策

5月はじめに訪れた77県のモレ・シュル・ロワン。

5月末から6月にかけてフランスが大被害だった大洪水では、街を流れるロワン川の荒れ狂う様子や、茶色の水に囲まれた街の映像が流れ、みおぼえのある街の変わりように驚きました。
街の中心部は浸水し随分被害があったようです。

この時は我が家の近くの川が氾濫し、街で一番低い位置にある我が家の通りに水が集中し、膝まで水に浸かりながら避難して、数日間近くの街に住むいとこの家にお世話になる羽目に。
アパートの地上階に住んでいるので玄関ドア数センチの高さまで水が来たけど、幸いにもぎりぎり浸水はしませんでした。

川がある街は素敵だなと思うけど、自然は恐ろしい。
熊本地震に続いて洪水、今年の我が家はなかなか....、ロトを買ったら当たるかも?







パリからだと車で1時間ちょっと。
フォンテーヌブローの森の東に位置している小さな古い街、2時間もあれば街をぐるりとできるので、バルビゾンやフォンテーヌブロー見学と合わせてもいいかも。





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モレ・シュル・ロワンの北西にあるサン・マメの街でセーヌ川に合流するロワン川。
ロワン川沿いに面して家が立ち並び、素敵な街だなと思ったサン・マメの街も洪水の時には泥水に浸って悲惨な様子だった。






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街の西側にあるブルゴーニュ門を通り、旧市街地へ入ります。
(電車で来る場合は、東側のサモワ門の向こうに駅がある。パリ・リヨン駅から Montargis行きMoret Veneux-les-Sablons駅下車)

門は2車線の幅はないので、右車線のみ橋の途中に信号機がある。
歩いて橋を通った時に信号の存在に気付き、あれ?さっき車で通った時、もしかして信号無視したかも?と夫は焦っておりました。
景観重視の為か、地面に白線も引いてないし、まさか橋の半ばに信号機があるなんて初めての訪問者は本当に気付かないと思う。





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街の中心部の広場に面した市庁舎(三色旗が掲げてある建物)。

その右隣の木組みの家は、この街で生涯を閉じたイギリス人の印象派画家、アルフレッド・シスレー(1839~1899)の生涯を知ることが出来る小冊子などが置かれたギャラリー。
と、同時に1815年ナポレオン1世がエルバ島からパリに行く途中で立ち寄ったというプレートも掲げられている。





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市庁舎の斜め向かいの木組みの家が大きくて圧巻でした。

私達が到着したのは土曜の正午。
レストラン以外の店は昼休みの為閉まっており、すれ違う人もまばらで静かでした。





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市庁舎の裏に、「フランソワ1世のファサード」というレリーフが素晴らしい回廊が残されている。

1527年にニコラ・シャブイエ Nicola Chabouilléというフランソワ1世の財務官が建てた。





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フランソワ1世の紋章、サラマンドル(火オオトカゲ)のレリーフ。




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ファサードの右部分は、左からアンリ2世(フランソワ1世の次男)、ディアヌ・ド・ポワティエ(アンリ2世の愛人)、フランソワ1世。
アンリ2世の妻、カトリーヌ・ド・メディシスのレリーフが他のどこにもないことに驚き。
アンリ2世が生きていた間は、それだけ愛人ディアヌの権力が大きかったということでしょうか。





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シスレーが12回も描いたというノートルダム・ド・モレ(モレ大聖堂)。
12~15世紀のロマネスク様式とゴシック様式の聖堂。
堂々としていて威厳があります。





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聖堂の裏側。
傍には、モレの名物、Sucre d'orge 大麦糖キャンディーを売る店がある。
この街で一番古い家で、1638年というプレートがあり、当時から修道女たちがここでキャンディーを作っていた。
 




La Maison du Sucre d’orge
Place Royale 01.6070.2453
月~土 9h30-12h30/15h-19h30
日10h-12h30/15h-19h





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路地裏からも聖堂を見てみる。
左側の赤いドアはシスレーが亡くなった家。





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このどっしりした建物はドンジョン(le donjon 城塞の塔)。
たいていドンジョンは監獄として使われていて、ここにはあのニコラ・フーケが収監されていたそうだ。

こんな小さな街なのに、フランソワ1世に、ナポレオン1世にニコラ・フーケ、歴史好きにはたまらなく魅力的な街。





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散歩道になっている河べりがとっても良い所。

シスレーが描いた水車小屋。
画家と同じ目線で風景が楽しめる。





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堰の近くは轟々と水量豊富。

洪水の時は、写真右の茶色い橋が水にのまれそうな映像がテレビで流れていました。
普段からこれだけの水量だったら洪水の時はさもありなん。





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水車小屋の中にはピクニックテーブルが置いてあったので、壮大な水の音を聞きながらのピクニックも良さそうです。





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数日前、郵便受けに入っていた77県の情報誌の写真。
洪水による被害状況をお知らせする特別号、ピクニックに良さそうと思った水車小屋がこんなことに!

★モレ・シュル・ロワンの観光サイト
http://www.ville-moret-sur-loing.com

★観光案内所はサモワ門のすぐそばに。
4 bis place de Samois
77250 Moret-sur-Loing 01.6070.4166
月10h-17h、火~日10h-18h
平日12h-13h30は昼休み
http://www.msl-tourisme.fr/


帰る途中でエマユス・ブリーに寄ってみました。
続きは長くなるので次回に・・・。

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Meaux散策

パリ近郊、ブリー・ド・モーで有名なモーの街を散策。






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北東部の旅の前、4月下旬に散策したのだけど、ここはマリー・アントワネットにも関係があるので続きということで...





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車を停めた街の有料駐車場は、3世紀(250~300年頃)のガロ・ロマン時代の城壁に沿っている。
この傍に観光案内所があって、地図など貰えます。

★モー観光局
1 place Doumer 77100 Meaux
http://www.tourisme-paysdemeaux.fr/





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城壁の内側はボシュエ庭園が広がっている。
奥の建物、ボシュエ美術館(Musée Bossuet)は12世紀に建てられた司教館(Palais épiscopal)だった。
ボシュエとは1681年、モーの司教に任命されたルイ14世の宮廷説教師。

ルイ16世とマリー・アントワネット一家が、1791年6月20日にパリのチュイルリー宮殿から逃亡した「ヴァレンヌ逃亡事件」、21日にヴァレンヌで逮捕されパリに連れ戻される際、22日はシャロン・オン・シャンパーニュ泊、23日はエペルネー(数年前に行ったので今回はパスした)泊、24日夜モーに到着、この司教館で夜食を取って宿泊し、翌25日朝6時半パリに出発している。

(建物のレンガ部分の裏は管理人の家。その横に公衆トイレあり。)







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チューリップが咲き並ぶ均等の取れた庭は、ヴェルサイユやヴォー・ル・ヴィコント城の庭で有名なアンドレ・ル・ノートルによって1642年に設計された。
チューリップの間にはバラも植えられていたので、今頃はもっと素敵な庭園が見れていると思う。






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古井戸や古い像が残っていたり、ベンチもたくさんあってのんびりできる所。






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司教館の回廊をくぐって庭から尖塔だけ見えたサン・テティエンヌ大聖堂の方へ


Cour de l'évêche 司教の中庭と呼ばれる司教館と大聖堂と参事会の中庭は、スペクタクルがあるらしく階段上の観客席の設置中で機材やトラックで景観台無しでしたが、こんなところで見る劇は格別なんでしょうね。





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同じ中庭にある13世紀の Vieux chapitre 旧教会参事会。
外階段は15世紀に作られたが、建物全体かなり傷んでいて、多くの歴史的建造物同様1840年にメリメによって注目され、その後ヴィオレ・ル・デュックの修復案に基づき、1930年代に修復工事が行われた。

大聖堂と参事会と司教館がきちんと残っているなんて珍しいんじゃないかな。





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中庭を出て外の通りから。
大聖堂と参事会は古い渡り廊下で繋がれています。
法服の参事官が歩いたんだろうなと想像してみる。





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古い建物が並ぶ路地裏から見る参事会の塔も良い雰囲気。





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外の通りから大聖堂を眺めてみると、かなりの大きさで驚く。
塔の高さは80メートル。
あちこち修復中で網がかぶせてある。





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1175年に建設が始まったゴシック建築のこの大聖堂、英仏100年戦争があり、街は英国軍に占拠されたりと紆余曲折を経て1540年にやっと完成した。





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大聖堂の横の通りは、街のメインストリート。





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ちょうど正午頃だったのでほとんどの店は昼休み中。
レストランやカフェ、数件の服屋くらいしか開いていませんでしたが、結構たくさんお店があって住むのも便利そう。

モーではしょっちゅうブロカントが開催されているので、行きたいとずっと思っているのだけどなかなか行く機会がない、今年は是非どんなブロカントか行ってみたいものです。

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