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Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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シャルトル大聖堂と街散策

ランブイエからシャルトルへ。
15年ぶり、3度目の来訪です。





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イル・ド・フランス地域とは学校のバカンス時期がずれるため、中学校だか高校がすぐそばにあって夕方の大聖堂周辺は若い人達の往来が激しくてとても活気のある雰囲気でした。





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左右で高さも建築様式も異なる塔が面白い。

1145年にロマネスク様式の大聖堂の建築が開始。

1194年の大火で正面左の北塔(113メートル)は焼失。
その後30年に渡る再建の際に当時の流行を取り入れベースがゴシック様式、尖塔はフランボワイヤン様式で建てられた。

火災を免れた右の南塔(105メートル)は質素なロマネスク様式のまま残っている。





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西側の正面入り口。





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「シャルトル・ブルー」と呼ばれるブルーがとても美しいステンドグラス。

176枚のステンドグラスはほとんどが1220~50年頃に作られたものだそう。

16世紀の宗教戦争の被害にも遭わず、フランス革命の略奪も免れ、第二次世界大戦中は疎開までさせて守られた中世のステンドグラス、一見の価値ありです。

西側は西陽が差し込んでとても綺麗でした。





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2008年から始まった修復工事で大聖堂のあちこち、きれいになっていました。
白い天井は光の加減ではなく修復済み、黒い所はまだ汚れたまま。

修復の様子がビデオで流れていたけど、煤を洗い落とすのではなく、上から新たに漆喰を塗っているようでした。





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歩廊の壁面にはキリストと聖母マリアの生涯をテーマにした彫像。

足場が組まれ清掃中、真っ白に甦っています。

レース模様みたいに細かな彫刻の清掃、修復は他の部分より余計に時間が掛かりそう。
ここまで何年かかったのでしょう。
そしてまた真っ黒になるまで何十年、何百年かかるんでしょうか。





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南側のファサード。




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西側の正面ファサードよりパンタンに奥行きがあって威厳があるように感じる。





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曲がった道の先や路地からちょっとだけ見える尖塔が良い。





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木組みの建物が並ぶ狭い路地の通り名が「ハーブ通り」や「乳製品通り」など昔の生活感溢れる感じとか、壊れた人形を修理するレトロでシュールな雰囲気の店が一角にあったりと街歩きも面白い。





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ひときわ目立つ大きな1500年頃に建てられた木組みの家は観光案内所。

柱に鮭の木彫りがあるので「Maison du Saumon 鮭の家」と呼ばれている。

通りの名前「rue de la poissonerie 魚屋通り」からも想像できるように15世紀はじめから魚を売る一角だったそう。

シャルトル観光案内所
Chartres Tourisme →
8 rue de la Poissonnerie
28008 Chartres Cedex
02 37 18 26 26





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L'escalier de la Reine Berthe
35 rue des Ecuyers

1560年頃から存在している「王妃ベルトの階段」。

そう呼ばれるようになったのは18世紀に入ってからで、シャルトル近くの城に住んでいて995年にユード・シャルトル侯爵の寡婦となったベルト・ド・ブルゴーニュにちなんでいる。
のちにロベール2世(父はカペー朝の始祖、ユーグ・カペー)と再婚してフランス王妃となった。

964年生まれの王妃はこの15世紀の家とは縁もないし、1000年後に名前を付けられるなんて、なんででしょう?





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この辺りは道幅が狭いので、住人や許可を得た人しかだけしか車の乗り入れは出来ないようでした。






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Y字の通りに建つ木組みの家、形が可愛らしい。





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通りがかりの地元のムッシューが、「大聖堂の屋根が緑なのは、銅板の屋根が雨ざらしで緑に変色したから」と教えてくれました。
それは知らなかった!
良い色に変色して良かった、この緑の屋根もシャルトル大聖堂の魅力の一つだと思う。

そして「春から秋に開催される大聖堂や街の建造物に映し出される夜のプロジェクションマッピングがとても素敵なのでまたいらっしゃい」とも言われました。





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階段を下った右手に先程の王妃の階段、坂の向こうの方は川が流れて良い雰囲気なのですが、今回は時間がなくこの辺りまで。

冬の間閉まっている「ピカシェットの家」にも子供達を連れて行きたいし(私は一度訪れている)、春~秋の間に泊りがけで来れたら良いなと思っています。

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モントロー・フォール・ヨンヌ散策・ナポレオンのモントローの戦い

モントロー陶器美術館の後は、街を少しだけ散策しました。





1814年2月18日、ナポレオンはロシア遠征失敗後、自分が指揮するフランス軍対オーストリア帝国・ヴュルンテンベルク王国連合軍(一般に言われるオーストリア軍・プロシア軍)の戦いで、皇帝時代最後の勝利のひとつを収めたのがここモントローの地、ということで街のあちこちにナポレオンの軌跡が見られます。




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モントロー陶器美術館の地上階にあるナポレオンの展示室。






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ナポレオンの一生を描いたモントロー窯の絵皿。








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1814年9月19日、ナポレオンからベルトラン侯爵に宛てられたエルバ島で書かれた手紙。






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展示室にはその戦いの様子を説明するビデオが流れており、ナポレオンが勝利した街ということを街を挙げてアピールしている模様。
戦いは1814年2月18日14時に開始し、18時頃終了。
たった4時間だった・・・。






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モントローでのフランス軍、連合軍の守備位置。
地形的には200年前と変わっていないので、こうやってみるとリアル。






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ジオラマも展示してあってなかなか分かりやすい。

1814年のフランスは、北東にオーストリア軍・プロイセン軍、北西にスウェーデン軍、南方にイギリス軍が包囲、ナポレオン軍は少ない兵で絶望的で、3月31日パリ陥落。
4月にエルバ島に追放されたので、2月のモントローの戦いはその直前の出来事。

当時のモントローの人口は3300人の小さな街。
戦いでは両軍合わせて1000人以上が犠牲になったという。






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陶器美術館を出て街を歩いてみました。
美術館のすぐそばに建つのはゴシックのノートルダム・サン・ルー参事会教会。
ミサ以外は閉まっているとのことで中は見れませんでした。






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ヨンヌ川に架かる橋を渡ります。






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橋の真ん中はヨンヌ川とセーヌ川が合流する地点で、レジオン・ド・ヌール広場があります。
この写真に見えるのはセーヌ川。






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そこに建つのはナポレオンの騎馬像。






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騎馬像の向かいにナポレオンの戦いの様子が描かれた天幕が張られているはヨンヌ川沿いの古城 (Vieux château)。






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1015年に建てられ、1437年の百年戦争で大きな被害が出たそう。
時代を経て領主が変わり、城から裁判所になったり、兵隊の官舎となったり、橋建設のため大部分を失うことになったりしたようだが、現在はモントロー市の所有となり工事中で、2019年6月に工事終了予定らしい。

これが城?と疑いたくなるほど普通の建物だけど、1000年も前はドンジョンを持つ立派な城だったようだ。
それで、ナポレオンに関する博物館になるのか、何のための工事をしているのかいまいち分からない。







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美術館で流れていたビデオで、戦いの時の大砲が壁にのめり込んで保存されている家が2軒あると言っていたので、調べて行ってみた。
ひとつは「14 Quais de Seine 」(セーヌ河岸 14番地)
錆びた砲弾がめり込んでます、家自体は古そうには見えないけど。

もうひとつはプロヴァン通り(Rue de Provins)にあるということだけど、番地が分からないうえに、通り沿いではなく、通りから見える所とあるので中庭でしょうか、車でゆっくり通っただけでは見つけることはできませんでした。
観光案内所で聞くと教えてくれるかも。






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川の対岸は高台になっているので登ってみました。

モントロー陶器美術館
2 Place René Cassin
77130 Montereau-Fault-Yonne

モントロー観光案内所
29 avenue du Général de Gaulle
77130 Montereau


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モントロー陶器美術館②

モントロー・フォール・ヨンヌのモントロー陶器美術館の続きです。

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ショーケースの中に収められているのは、見た瞬間わぁーとため息が出てしまった「JAPON」シリーズ。

2017年頃だったかな、最近の寄贈品だったと思う。

状態が良くないものもあるけど、これだけ揃っていると圧巻です。






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このジャポンのシリーズ、ジヴェルニーのモネの家のダイニングに飾られていることでも有名です。






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日本の昔の家にあったような白地に青の柄が懐かしいような、でも形がやっぱり西洋的なちょっと洗練された感もあります。

実家にあった伊万里焼きの唐子のお茶碗みたいです、古臭いなぁと思っていたけど、年を取ったせいか最近良いなぁと思うようになってきた。






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見る度に茶わん蒸しに最適だなと思うクリーム用蓋つきボウル。
ネットオークションにもかなりの数出ているジャポン、欲しいけどなかなかのお値段です、ブロカントでは状態の良い物みたことないし、いつか手に入れたいです。






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洗面用具一式のモデル別の一覧表。
こういうのが面白い。






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こちらは食器一式。
大皿、スープ入れ、ソース入れ、ディナー皿、デザート皿などなど。
モデルによって少しずつ内容と形が変わっていて見ていて飽きない。
右下にあるのが「JAPON」。






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ティーセットの一覧表。
右端には「JAPON」の色や装飾の詳細、カフェ用ポット、紅茶用ポット、それぞれのカップ&ソーサー、砂糖入れ、ミルク入れの項目がある。
数字がサイズなのなんなのかは不詳。






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「KYOTO」というモデル名が付いた食器。
金箔が張ってあったり、凹凸があるように見えるだまし絵タイプ。
1876~1884年の物。






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ブロカントでも比較的良い状態で、よく見かける「フローラ」というモデル。
ぱっと見、ジャポンに似ているけど、あまり好きではないのでブロカントではいつも素通りします。






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シノワズリのシリーズ。






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下絵だけど、額装されていると立派に見えます。







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HBCMの刻印があるバスク柄の「Bearn ベアルン」。
これは好きなモデル。






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こんなにたくさん揃っている、欲しい!!
これもブロカントでは良い状態のってあまりないのです。






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カフェオレボウルやティーカップ。
この大きな筆でさらっと描いた風が好きではないので、こういうのもブロカントでは素通りしているけど、こうやってまとめて重ねてあると可愛いと思ってしまった。

右奥のは時計とだけ書いてあるけど、キャニスター兼時計ではなくて、キャニスター型の時計なんだろうか?






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昔工場があったところだし、もっと古い物がたくさん時代別に並んでいるのかなと期待していたほどの数はなく(400点が展示されているそう)、個人コレクターのちょっと大きい版みたいな感じ、でも陶器好きには居心地の良い空間でした。
小さい美術館だから見学時間はあまりかからないので、モントローの近くのブロカントに来たついでに寄ってみるくらいの感覚で訪れるといいかもしれません。

Le musée municipal de la Faïence
2, Place René Cassin
77130 Montereau
開館日 毎週水曜・日曜 10~12時/14~18時

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モントロー陶器美術館①

2019年になりました。
大晦日のお昼ご飯に年越しそばを食べながら紅白を見、夜は鶏団子鍋、元旦はご近所さん一家と手巻き寿司パーティー、日本のお正月気分で食べまくってごろごろしておりましたが、クリスマス休暇最後くらい出掛けようと、77県のモントロー・フォール・ヨンヌ (Montereau-Fault-Yonne ) にある、モントロー陶器美術館 (Musée de la Faïence) に行ってきました。



毎週水曜と日曜の10時から12時、14時から18時までしか開館していないので、ずっと訪れたいと思っていたのになかなかタイミングが合わずやっと行くことができました。






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小さな広場に面した小さな美術館の壁はモントローの食器のだまし絵が描かれていてとっても可愛い。






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地上階にはモントローが戦地となったナポレオンの戦いがテーマの展示品(今度アップします)、陶器の展示は1階に2室、2階に1室だけのこじんまりした内容(入場料4ユーロ)で、30分もあれば十分。






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モントローといえば「オクトゴナル」。
アイボリーや白の無地もいいけど、黒の転写のも素敵です。

1755年にモントローに陶器工場が作られ、イギリスのウエッジウッドに負けないような陶器作りを目的に、白地に鉛釉のファイアンス・フィン(磁器のような陶器)が生み出されます。






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説明書きには制作年代と裏の刻印も書いてあって分かりやすい。







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色見本や、皿の縁取りの型など。







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この縁取りのモデル名は、「マリー・アントワネット」。
モントローにもこの名の皿があったとは知らなかった、ブロカントで探してみたい。
ボルドー色の三本線にパステル色の小花が可愛らしくて、マリー・アントワネットのイメージにぴったりです。







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スタンプや絵付けの筆もありました。
こういう制作過程で使用される道具を見るのって面白いです。






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釉薬や絵具も。
多分これらの色を使って、「マリー・アントワネット」シリーズが絵付けされているのだと思う。






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ステンシル用のブラシ。







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カフェ・オレ・ボウルのカタログや試作品のデッサン。







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スタンプは「HBCM」(製造期間は1920~1955年)。






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1796年、工場がイギリス人オーナーの手に渡った後、銅板転写技術による陶器づくりが始まりました。
その転写紙が展示されています。

1819年クレイユに買収され、1840~1895年まではクレイユ窯(クレイユは1895年閉窯)、1920~1955年まではショワジー・ル・ロワと共同で制作されました。
モントローは1955年、閉窯。






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銅板転写による陶器。
「家族の一生」というモデル名のシリーズ。
制作時期は1849~1867年

展示品の多くが寄贈されたもので、このシリーズもマダム○○さんとムッシュー○○さんによる寄贈、と書かれてありました。
2018年9月寄贈とあったのでつい最近。
数年後行ったらまた展示内容が増えているかもしれません。
大量のシリーズものとか、古い物、珍しい物など古い家の屋根裏部屋から出てきた物を寄贈されたのかなと想像しました。


美術館の写真、まだまだあって長くなりそうなので次回に続きます。

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Provins散策②中世の地下道(les souterrains)見学

プロヴァンには何度も来ているのにいつも通り過ぎるだけだった地下道を見学しました。
中世の頃に掘られたという蜂の巣のように張り巡らされた地下道、不思議な空間でした。
外は35度だったので、1年中12度に保たれているという内部はひんやり気持ち良かった。

見学は約45分のガイド付きのみ。
チケット購入時に次、または空いている時間のツアーを予約します。
この日は日曜でかなり混んでいました。
最大25人で催行、1/3は英語圏の人達だったのでフランス語と英語でのガイドでした。





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旧市街に入ってすぐ、サン・チボー通りに面した坂の登り始めの左手にある施療院 (Hôtel Dieu) だった所に、地下道 (Les Souterrains) の入り口があります。






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施療院からサン・チボー通りを渡り、斜め向かいが出口。
全長3キロメートルのうち、約250メートルの迷路のような地下を歩く。





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この地下道、元々は中世の時代、毛織物産業が盛んだったころ、羊毛の染み抜きに使うための鉱物を採掘していた石切り場だった。
四方八方に道があって本当に迷路、暗いし方向感覚が失われてはぐれたら大変なことになりそう。






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のちに個人の貯蔵庫として使われ、穴の入り口には扉がつけられていたが跡があり、炭で所有者の名前が書かれていたり、彫られていたり・・・。

これは「1867」と右の方に書かれているけど、1867年に貯蔵したワインの本数がメモされているそうだ。






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こちらの所有者は「LOUIS ルイ」さん。
1789年、フランス革命の年に書かれたもの。





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向かいの壁にはルイさんが、王冠を被ったルイ16世のデッサンを残している。
首の横線=ギロチン痕なんだろうか?






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この穴倉は唯一黒く塗られた所。
言われてみればそう見えるけど、奥の方に白いドクロマークが書かれている。





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1788年に刻んだのは「CLEMENT クレモン」さん。

貧民のための病院だったため、子供が彫ったであろうデッサンとかもある。
三角や渦巻模様などフリー・メイソンを想像させるものもあったり、第二次世界大戦中にはレジスタンスが使っていたとの説もあるそうだけど、資料や文献は何も残っていないのでその説は定かではないそう。

中世の病院跡、フリー・メイソン、刻まれた名前やメモ、迷路のような暗い地下・・・、ミステリー・スポットみたいです。






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天井が崩れ落ちないように、教会や聖堂で良く見られるヴォールトと呼ばれるブロック状にした石を積み上げた構造になっている。

★Les Souterrains (地下道)のみの入場料
大人4、50ユーロ
4歳~12歳 3、0ユーロ
3歳以下 無料

3 rue Saint Thibault
77160 Provins


★セザール塔、地下道、グランジュ・オ・ディーム、プロヴァン美術館の4か所を見学できるお得なパスPASS PROVINSもあります。
一年間有効。
大人12ユーロ
4歳~12歳 8,50ユーロ

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