Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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フランス南西部の旅最終日 (9) Grand-Vabre

旅の記録は前回で終わりのはずだったのですが、最後に泊まった村も記録しておこうと思います。
当初、最後の夜は陶磁器で有名なLimoges リモージュまで北上して泊まる予定だったのですが、全く辿り着けそうになくて急遽ホテルを変更。




コンクの村内のホテルに泊まりたかったけど、村は車の乗り入れが禁止(多分住人は可能)されているので、ホテルまで荷物を持って歩かなくてはいけなくて、石畳にベビーカー+荷物はきついので、コンクの北10㎞に位置するグラン・ヴァブルのホテルに泊まりました。




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マダムが一人で切り盛りする村のバーやレストランを兼ねたホテル。
ベビーベッドの貸し出しをお願いしたら、こんな可愛いアンティークのベッドが!!
しかもパッチワークの布団付き。
古い建物で床が傾いていたし、個人のお宅に泊まっているような素朴なホテル、モダンでも豪華でもないこういうところ大好きです。




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最上階は切妻屋根だけど広々していて、高台にある教会が見える廊下の窓からの眺めが良かった。





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コンク縮小版みたいな感じ。
ホテルの部屋は珍しくテレビなし。
しかもインターネットが接続できない上に、携帯の電波もないという、ある意味のんびりできるとこ。




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夜到着したので、翌朝出発前に村をひとまわり。

レストランを兼ねたホテルが2軒、写真のカフェ、エピスリー(食料品店)、郵便局だけ。
この地域ではアリゴが名物なんだそうです、ミディ・ピレネーを回っていたので、え?なんでオーベルニュの郷土料理アリゴが?と思ったけど、この辺りアヴェイロン県はオーベルニュ地方・カンタルもすぐそこの場所で納得




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村の中心部にある礼拝堂。




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高台にあるサン・ピエール教会
15世紀頃に建てられたと言われている。
村を一周してみたけど、ホテルの窓からの眺めが一番良かった。
あっという間に村を一回りした後は、一気に我が家まで650km走ります。





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途中通ったFigeacフィジャックの街。
ロゼッタストーンを解読した天才シャンポリオンの生地で博物館もあるし、テレビで見たフィジャックの街は歴史建造物で溢れ、とても魅力的だった。
ここも訪問候補地のひとつだったので泣く泣く通り過ぎました。







今回は7日間で約2000km移動。
休暇を過ごす人のことをVacancier/Vacancière(ヴァカンシエ/ヴァカンシエール)と言うけど、我が家の場合は移動しすぎて全然ヴァカンスじゃない、ただのツーリスト。
初めて行く地方だったので詰め込みすぎな感があったけど、どこも行って良かったと感動しまくった所ばかり。

今度行く機会がある時は、コルド・シュル・シエルとアルビとカルカッソンヌをもっとじっくり見学して、あとはフィジャックとサルラ・ラ・カネダ、サン・シル・ラポピー、カオールも・・・なんてまた欲張りな旅になりそうです。

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フランス南西部の旅 (8) Conques

今回の旅、最後の村は、ミディ・ピレネー地方アヴェイロン県のコンク。

コルド・シュル・シエルから約120km北上した所にあります。




ユネスコ世界文化遺産にしてされている村、そしてここもサンチャゴ・デ・コンポステーラに至る「ピュイの道」の参詣地。


 


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家の壁にも、家の木の部分にも、通りの花壇の枠にもホタテマークが見られます。

駐車場の入り口には係りの人がいて料金4€と引き換えに、村の紋章であるホタテの意匠のシールをくれます。
車検済みシールと同じつくりで、駐車中はフロントガラスの内側に貼っておきます。
2015年いっぱい有効。年内にまた来ることはないけど、記念に貼ったままにしています。




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ブリューゲルの絵画の中の農民たちが住んでいそうな中世のままの村。




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べこべこした鱗のような瓦が特徴的。





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ペストや飢饉により住民が激減したり、プロテスタントによる教会の略奪、フランス革命中はコンクの修道院も活動を禁止されたりと19世紀には寂れた山村だったのを、フランス歴史記念物監督官のメリメ(1801~1870年)の訴えにより、保存と修復が行われました。




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ここもまたガタガタな石畳に、狭い坂道。
ベビーカー担当の夫、今回の旅は、「ヴァカンスだったの?スポーツだったの?」と言ってましたが、
ロカマドゥールでもコルドでもここでも、駐車場でトレッキング用シューズに履き替えている人が多かった。




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どこから撮っても絵になる風景です。




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中世にタイムスリップしたかのような色味。
 



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ブロカント屋ものぞいてみました。
女主人が階段を上った中二階の窓辺で本を読んで店番していて、売れても売れなくてもどうでもいいわ的なのんびりした店でした。




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良い眺め、ちょうどこの景色が見える家、「売り家」の看板が出ていました。
旅先でいつも不動産屋の広告をチェックするのですが、さすがにここはまず引っ越し荷物を運ぶのが大変そう、そして日常生活も老若男女問わず厳しそう。




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11~12世紀にかけて建てられたロマネスク様式の聖フォア修道院。




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修道院正面の「最後の審判」のタンパン。
向かって左側が天国、右側が地獄。




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修道院裏。
空っぽだけど生々しい石棺。




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4世紀にアジャンで殉教し聖人に列せられた聖フォアの聖遺物を、866年にコンクの僧侶が盗み(10年間住み込んで信頼を得たところで盗むという手の込みよう)聖フォワ修道院に祀ります。
この後いろんな奇跡が起きたため、寄進が相次ぎ、聖フォアの座像も宝石や黄金で飾られるようになったそうだ。

写真右側は聖遺物や宝物が展示されている宝物殿Trésor。

左手に見える円形の井戸みたいなものは中に水が入っていて、中央のホタテの置物にコインを投げて当たると願いが叶うというもの。




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聖女フォアの聖遺骨を納めた座像、結構大きくてびっくり、60センチくらいあったかも。
顔の部分は5世紀頃の作品。
宝物殿の中は写真撮影禁止なのでこちらは拾い画。
宝物殿に展示されているオブジェの写真や説明はこちら→Trésor d'orfèvrerie de Conques

私たちが宝物殿に着いたのは18時10分、閉館まであと20分しかなかったので大人は割引料金の4,20€(通常6,20€)でいいと言われました。
20分では不充分なのかと聞いたら、展示数は少なくて一室しかないから充分とのこと、ラッキーでした。
詳しい入場料金表→




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こちらは修道院の真裏にある巡礼者用の宿泊施設。
普通の旅行者も泊めてもらえるようで、ちょうど旅行の出発前ごろにテレビでコンクのドキュメンタリーをやっていてそう言っていたと記憶している。
ただし夜のミサに出席することが義務付けられていたようだ。
とても興味があるので子供が小さくなかったらここに泊まってただろうな。

こちらのサイトから部屋の様子、料金が見れます→




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村のパン屋で売っているここのスペシャリテ、「La Conquaise ラ・コンケーズ」というクルミ入りサブレ。
この辺りはクルミの産地でもあるので村にはクルミ油を売る店もあった。
見た目は固そうにだけど、ホロホロっとくずれて意外と柔らかい。
バラ売りで5個買って食べ歩きしました。




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同じパン屋に売っていた地元のお菓子2種も購入。
左は、「Fouace フーアス」というオレンジの花の香りが効いた、しっとり感と甘みの少ないキャトル・キャール(パウンド・ケーキ)みたいなもの。
香りはいいんだけど、パサパサしていてちょっと苦手でした。
この日泊まったホテルの食堂にはそこのマダムが作ったというフーアスを売っていて、そちらはドライフルーツも入っていて見た目美味しそうだったけど、コンクで買ったこれ、結構大きかったので諦めました。

右は、「Bâton du Pèlerin バトン・デュ・ペールラン」巡礼者の杖という意味。
かまどの前の回る串に生地を垂らしながら焼いたもので、卵とバニラの味がしっかり感じられる意外と固いお菓子。

コンク観光局のサイトはこちら→

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フランス南西部の旅 (7) Cordes-sur-Ciel

この旅の中でロカマドゥールの次に楽しみにしていたコルド・シュル・シエル「天空のコルド」。
アルビから30分程で到着。




2014年のLe village péréfére des Français フランス人が好きな村第一位に選ばれた村です。




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元々スペインの村の名前に由来してCordoaコルドアという名前から、フランス革命時にはCordes-sur- Montagneコルド・シュル・モンターニュ(山の上のコルド)と改名、更に1993年村長により現在の名前に改名された。

空の上のコルド、なんて名前を聞いただけで想像を掻き立てられ、行ってみたいと思わせます。
詩人であり、小説家でもあるジャーナリストがこの名前を考案したそう、さすがです。





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車を停めて、くねくねと民家の間をゆったり登って大通りに出たなと、左(東側)を向いたらこの急な傾斜の坂。
右(西側)には時計がついた門Porte l'horlogeがあって、更に登り坂。

写真ではうまく伝わらないのがもどかしいのだけど、ほんとこの傾斜と、波打ったガッタガタの石畳には驚いた。




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この先頂上までまだまだあるわけで、ずっとこんな急な坂道ならベビーカーは危険かも、ということで夫はベビーカーとここ(たぶん中腹辺り)で待機。




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息子は、ちょうど石畳の修復をしていたのが気になって、職人の仕事ぶりを見学、ちゃんと説明してくれたそうです。




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私は一人急ぎ足で頂上へ。

1222年にトゥールーズ伯レイモン7世によって、カタリ派を撲滅するために北フランスからやって来る討伐軍の進撃を防ぐための拠点として築かれたのがコルドの城砦。





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カタリ派とは、11~13世紀に南フランスで信者を集めたキリスト教の一派で、物資世界を否定し、世俗との関係を断ち禁欲生活を営んだ。

教皇庁から異端とされ、1209年カトリックは討伐軍を派兵、カタリ派は険しい山頂に建つ城塞に立て籠もるが、14世紀に全滅したといわれる。

今回の旅では、こんな山頂や断崖に?と思うような場所に砦や廃墟をたくさん目にした。
その度にここももしかしてカタリ派が身を潜めていたのだろうかと想像したものです。




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サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地でもあるので、壁には帆立貝。




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コルドの急な坂は、討伐軍には骨の折れる場所だったでしょう。
門もたくさんあります。




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この門をくぐったらすぐに頂上への通り。




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急に通りや広場に人が溢れていてびっくりでした。
ベビーカー連れの家族もたくさんいて、みんなどうやって登って来たんでしょう、勇気あるなぁ。




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アトリエやブティック、ホテルが立ち並びとても賑やか。




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広場にはレストランやカフェが並んでいて、この辺りに役場や郵便局、観光案内所もある。

坂の下に住む人は、手紙ひとつ出すのも大変そう、雨や雪の日はあの坂は滑るだろうし、登りはともかく晴れてても下りは怖い。





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頂上を境に、上ってきたのとは反対の西側の通り(Rue St-Michel)ももちろんあるわけで、中世の頃から皮革や織物が盛んだったらしく今でも革職人のアトリエなんかがあるらしいが、なんせ夫と子供たちを置いてきてしまっているので、再び東の坂道を下りました。

石畳、木組みの家、中世の城砦、巡礼地、鷲の巣村・・・私の大好きなキーワードと情景が満載の村、駆け足で回ったし、夫は大して見学してないので、娘が歩くようになったらもう一度訪れて、じっくり散策したい。
出来れば頂上にあるホテルに1泊したい(ホテル前まで車でアクセス出来るんだろうか、調べなくては)。
それに村は4つの城壁に囲まれているけど、そこまで行く余裕がありませんでした、これもまた次回の課題。





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東側の坂の登り口はプチトランの発着場所になっている広場(PLACE BOUTEILLERIE)に面していて、その広場の真正面にサロン・ド・テを兼ねているパン屋がある。

ちょうどお昼だったのでここで食べることに。
ピザやクロックムッシュにサラダ、デザート、飲み物のでセットで10,80€。
そのデザートに選んだのが、ここのスペシャリテという「Petit Pain Cordaisプチ・パン・コルデ コルド風ミニパン」2,10€

表面は砂糖がかかってカリッとしてメロンパンみたいで、中にはアーモンドクリーム。
ラム酒の効いていないガレット・デ・ロワの中身みたい。
これがすごく美味しかった!
別に持ち帰りにして買えば良かったと後悔しています、また食べたい!
バゲット・トラディッションも二重丸の美味しさでした。 

Patisserie Confiserie J-P Moulin
PLACE BOUTEILLERIE
AVENUE DU 8 MAI 1945
81170 CORDES-SUR-CIEL

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フランス南西部の旅 (6) Carcassonne→Albi

ナルボンヌからトゥールーズ方面に戻って、ラングドッグ・ルーシヨン地方オード県のカルカッソンヌへ。



ユネスコ世界遺産にも登録され、メリメが「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」と言ったくらいなので、見るしかありません!




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ナルボンヌ門の手前、マダム・カルカスの像がお出迎え。

カルカッソンヌの名前の由来となったマダム・カルカスの伝説、wikiから引用します。

「女領主カルカス (Dame Carcas) の伝説」は、カルカソンヌの名の由来を説明しようとするものである。サラセン人の占領下にあった頃、侵略しようとしたカール(シャルルマーニュ)大帝は市門の前に陣を敷き攻囲戦を行った。この攻囲は五年を超えたが、この時、夫の大公亡き後シテの騎士団を率いていたのが、公妃カルカスであった。

攻囲が六年目に入ったとき、シテの内側では兵糧も水もなくなりかけていた。カルカスは残っているものの一覧を作ろうとしたときに、市民は豚一頭と小麦の袋をもってきた。彼女はこれを見て一計を案じ、豚に小麦を食わせて太らせた上で、塔から市外へと放り捨てた。

これを見たカール大帝とその部下たちは、太った豚を惜しげもなく捨てるのだから、市内にはまだ十分な兵糧があるに違いないと考え、撤退を決めた。カルカスはその勝利を祝福し、町中の鐘を鳴らさせた。撤退中の大帝軍の一人はこう書き記した。「カルカスが鐘を鳴らしている(Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)」と。伝説では、これが市の名前の由来になったのだという。





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あまりにも巨大な城壁で、中世の時代の建築技術には驚くばかり、来て良かった!




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要塞として建てられたシテの歴史はガロ・ロマン時代まで遡る。




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19世紀には廃墟になっていたところをメリメが修復を提案し、ヴィオレ・ル・デュックにより復元された。





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コムタル城の入り口。
1130年に建てられた軍事建築物。
内部の見学も、城壁沿いに歩くこともしなかったので、またいつか来た時の楽しみにとっておきます。




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城壁の中は、土産物屋、レストランなどがひしめいており、あまりにも観光地化していてあれ?という感じ。
モン・サン・ミッシェルもそうだけど、あそこは元々巡礼地だから昔から巡礼者のための宿や土産物屋があったから納得だけど・・・。

お昼ご飯は、まさにそのまま「ダム・カルカス」というレストランで。
コムタル城そばの広場に面した店で、手頃なムニュがありました。

Auberge de Dame Carcas
La cité - 3, place du Château
11000 CARCASSONNE
Tel : 04 68 71 23 23




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16,50€のムニュ(前菜、メイン、デザート)のメイン、豚の蜂蜜ソース« Coustellous » de cochon au miel 。
Coustellousとは、マリネして鉄板で焼いた料理のこと。
軟骨付きで食べにくい部位(Travers de porc)だったけど、皮がカリッとして、甘いソースが美味しかったです。
付け合わせのラタトゥイユとじゃがいもも美味しかった。

「ダム・カルカス」で「豚」を食べる、このメニューは意図的だと思いたい。




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夫はメインに鴨のコンフィとソーセージ入りカスレCassoulet au canard confit。
定食のメインとあって量少な目、トゥールーズの市場のカスレの方が断然美味しかったです。

デザートに選んだクレーム・ブリュレはお腹いっぱいなのにぺろっといける美味しさでした。




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7月と8月のみ1日2回(15時、16時45分)約1時間の騎士のスペクタクルがあります。
Tournoi de chevalerie
大人12€、子供5歳未満無料、5~10歳6€、10歳以上12€




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王女の結婚相手を選ぶため、騎士が競い合うというストーリーなのですが、本格的な格闘の中にも、性格の悪い騎士には観客からヤジが飛んだり、王女の喋り方がテレビのお笑い芸人のマネだったりとコミカルで大人も楽しめる楽しい1時間でした。

息子はこの後、お土産屋さんで兜と木製の盾と剣を買って、騎士の格好で観光。
スペクタクルを見た男の子の達はみんな欲しがるようでこのセット、飛ぶように売れていました。




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シテを後にしてアルビに向かう際、カルカッソンヌの中心部へ向かう橋上からの風景。




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その橋のたもとの建物にはだまし絵。
よく出来てます。




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前日、トゥールーズからナルボンヌに向かうオートルートの休憩所から見えたシテ。
巨大さが分かります。

カルカッソンヌからアルビに向かう時には、シテのずっと奥(というか上)に見える山を越えました、標高700メートルの山道で、登り切って下る時に眼下に見えた街が美しかった。




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眼下に見えるのがその街、ミディ・ピレネー地方タルン県のMazametマザメ。
展望所にはマザメの案内板があって、1800年代に織物産業で発達した街だと書いてありました。




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アルビに到着。
1泊しただけで市内を見る時間はありませんでしたが、この風景だけは見たかった。
1282年着工のゴシック建築、サン・セシル大聖堂。
78メートルの塔を持つ聖堂は遠目から見てもかなり大きい。




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中途半端に見学するよりは、今度来る際にアルビはじっくり歩こうと決め、今回はきっぱり諦めました。
アーチ形の橋も、レンガ色の建物も美しい、再び来るのが楽しみです。

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フランス南西部の旅(5)Narbonne→Gruissan



4日目はトゥールーズから地中海沿いのラングドック・ルーシヨン地方、オード県のナルボンヌへ。
スペイン国境も近く、バルセロナまで250キロメートル。




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市内を流れるロビーヌ運河。
建物の色があまりフランスっぽくない。
住宅街はオレンジ色の屋根に、肌色の壁。
灰色のパリに比べたら明るさが全然違う!





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ナルボンヌ市が近づいてくるとオートルートから見えたゴシック様式のCathédrale Saint-Just-et-Saint-Pasteur de Narbonneサン・ジュスト-サン・パストゥール聖堂。
かなり大きくてフランスで4番目の高さ41メートルもある。




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内部も大きくて荘厳。




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聖堂の裏手にある回廊から見た中庭。




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回廊。
街を歩くと遺跡が残っていて、古代ローマ時代の都市だったことを実感できる街。
ナルボンヌには1泊したけど、中心部はゆっくり見ずに昼間は別の街へ。

ナルボンヌの観光案内所のサイト→http://www.narbonne-tourisme.com/




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この日の目的は海水浴。
ナルボンヌから20㎞ほどのGruissanグリュイッサンの海辺へ。
グリュイッサンの中心部にある10世紀に建てられた城砦の跡。

語尾に-issanが付く街が多くて、中にNissan(Nissan- les- Enserune)ニッサンという街もあって、どうしても日産を連想してしまう。





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街の中心部は小さな商店街と、カフェ、ワイン屋(ナルボンヌからここへ来るまではブドウ畑が広がりシャトーの看板がたくさんあった。山手には石灰岩のコルビエールの丘)が並んでいた。





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静かな通りの住宅街、柔らかな色の建物が並んでいる。




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なんだかおどけた顔のガーグイル(怪物の顔をした雨の吐き出し口)。




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教会の横の階段を上ると城まで行けます。
見えているのは、バルブルス塔 Tour Barberousse。
が、海へ行かねば…。





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何キロメートルも続く砂浜は1900年代初め頃から海水浴場として栄え、写真のようなシャレ(木造の山荘、海だから山荘とは言わないのか)が立ち並び始めた。
現在はきちんと区域内にきれいに整列するように1300棟あまりが立ち並び、「Plage des Chalets(プラージュ・デ・シャレ、山荘の海辺)」と呼ばれている。
レンタルもあるので次の夏にはここでゆっくり過ごすのもいいなぁと既に考え中。




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1985年、大好きな俳優ジャン・ユーグ・アングラードが出ている映画「37゜2 Le matin (ベティ・ブルー、1986年公開)」のロケがこの中のシャレの一つで行われた。
ポスターの左端の黒い家がシャレ。
かなり衝撃的な映画だったな、また見てみようかと思っていた矢先の8月下旬、ベルギー発パリ行のタリス内でテロ事件があった際の乗客にジャン・ユーグの名が!
久々メディアで名前を聞いたと思ったら、こんなニュースで聞くとはこれまた衝撃的だった。
インタビューで、死を覚悟したと言っていたけど無事で良かった。

その事件の10日後にはベティ・ブルー30周年記念で、ジャンとベアトリス・ダルのツーショットが公開され、90年代半ば以来久々に私の中でジャン・ユーグ熱がこの夏舞い戻ってきたのでした。





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・プラージュの詳しい情報→ グリュイッサンには4つのプラージュがあり、それぞれの特徴やシャワーやトイレの有無も調べられます。

・グリュイッサンの観光案内所のサイト→

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