Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
MENU

フランス南西部の旅⑧Turenne

旅の最後は、リムーザン地方のチュレンヌの村。



ここも「フランスの美しい村々」のひとつ、人口800人ほど。
http://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr/turenne-0






turenne3.jpg

村の入り口、この風景が見える所に駐車場(無料)があります。

鷲の巣村の頂上には、城の一部と塔が残っており、ここからは想像つかないけど小さいながらもフランス庭園が広がっている。




turenne13.jpg

頂上を目指して上っていくと、2、3軒のレストランに囲まれたマルシャディオル広場 (La place du Marchadiol)に出ます。




turenne15.jpg

中世の名残りの装飾がきれいです。

この村は、ルイ14世時代のフランス大元帥アンリ・ドゥ・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ(Henri de la Tour d'Auvergne,  1611 - 1675)に代表される、通称チュレンヌ子爵(Vicomte de Turenne)が領主(1444年~1738年)だった。




turenne12.jpg

広場から頂上目指して急な坂道を上ります。

家々の門にはチュレンヌ村のオレンジと黄色の旗が。





turenne5.jpg

12世紀に建てられたセザール塔。





turenne6.jpg

チュレンヌ城の入り口。
130段の階段があるので、ベビーカーはここまで。
料金所の傍に置かせてもらって上ります。
 
Le Château de Turenne
19500 Turenne
http://www.chateau-turenne.com/

10歳以下 無料
10歳以上 3,4ユーロ
18歳以上 5ユーロ

11月、12月、1月、2月、3月/日曜14時~17時
4月、5月、6月、9月、10月/毎日10時~12時、14時~18時
7月、8月/毎日10時~19時





turenne16.jpg

チュレンヌ子爵家は17世紀までは強大な勢力を持っており、自治権(独自の通貨の発行、裁判権など)を持っていたが、最後の領主の賭け事の負債を支払うため、1738年ルイ15世が買い取り、城も解体を命じられたそうだ。

夫の同僚に De la Tour d'Auvergneという名字の男性がいて、初めて聞いた時はたいそうな名前だけに由緒ある家柄なのだろうと驚いていたら、歴史番組とかでも時々耳にするし、以前買ったアンティーク専門の雑誌の中でドゥ・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ家の家宝がオークションにかけられるという記事を読んで、なんだかすごい人が先祖にいるんだとさらにびっくりした覚えがある。

病院なんかで、「ムッシュ・ドゥ・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ」と呼ばれる場面に出くわしたら、絶対に振り返って顔をまじまじと見てしまうだろうな。




turenne17.jpg

右側の建物が城の一部で、La salle des Gardes(衛兵の間)として公開されている。

左側は、プライベートの看板が立っており、シャンブル・ドット(民宿)として宿泊可能。
泊まってみたい!
http://www.chateau-turenne.com/les-petits-plus/




turenne7.jpg

La salle des Gardesの内部は、一部屋だけで(奥は多分宿泊施設につながっている)鎧や穴あき椅子(座面の中央が引き出せて、その下におまるを置いてトイレとして利用)が置かれていて中世の雰囲気。




turenne18.jpg

フランス庭園も、塔へ続く通路に並ぶ黄色いダリアが咲き乱れるイギリス風庭園もよく手入れされていて美しかった。




turenne2.jpg

セザール塔。




turenne1.jpg

塔の中は、一人がやっと通れる狭い急な階段。
上りも下りも一緒なのですれ違う時は、中ほどにある窪みの所で一時待機してやり過ごします。




turenne.jpg

塔の上から見たチュレンヌの村。

村民のことは「ヴィコムタン(Viscomtins)」と呼びます。
「Vicomté de Turenne(ヴィコンテ・ド・チュレンヌ/チュレンヌ子爵)」からの由来で、そう呼ばれるそうですが珍しい。

パリ市民だったらParis→ Parisien パリジャン(男性)、Parisienne パリジェンヌ(女性)。
ニース市民だったら Nice→ Niçois 二ソワ、Niçoises  二ソワーズと街の名前に由来しているものなのに、Vicomteが由来とは子爵家の影響力はかなりのものだったことがうかがえる。




turenne8.jpg

塔から見下ろす庭園と城。




turenne9.jpg

この先の谷の向こうにコロンジュ・ラ・ルージュの村、そこから30分圏内にはカレンナック(Crennac)、キュルモント( Curemonte)といった「フランスの最も美しい村々」がある。

ミディー・ピレネー地方、ペリゴール地方、リムーザン地方は本当に通り過ぎるのが難しい魅力的な街や村が多くて目移りしてしまう。




turenne11.jpg

最後に訪れたチュレンヌ、村の佇まいも城も、歴史も古くて素敵な村でした。

見学し終えたのはちょうど正午、駐車場にはピクニックテーブルが置いてあったので、ここへ来る前に調達していたパンやハムでサンドイッチを作ってピクニック。
その後はここから一気に自宅まで約500キロメートル北上。

今まで秋のヴァカンスは出掛けたことがなかったけど、昼間は半袖で大丈夫なほどの好天で気持ち良く過ごせて、良い旅が出来ました。

2016年はトンボ帰りだったけど日本にも行ったし、フランス北東部、ノルマンディー地方、そしてフランス南西部と、あちこち旅しました。
まだまだ知らないフランスがたくさん、行きたい所がたくさんあります。
南西部はまだまだ消化不良気味、スペイン側も大西洋側にも行ってみたいし・・・。
でも次は夏か秋にブルターニュ地方への旅を計画しています、実行出来たら良いな。

チュレンヌ観光案内ページ
http://www.brive-tourisme.com/fr/experiences-gaillardes/plein-les-yeux/les-villages-whaou/turenne/

読んで頂いてありがとうございます。
1日1回のクリックがランキングに反映されます。
    ↓               ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村  ジモモ パリ

スポンサーサイト

フランス南西部の旅⑦Collonges-la-Rouge

リムーザン地方、コロンジュ・ラ・ルージュの村。



駐車場は村の入り口に。
昼間は均一3ユーロ、19時以降は無料。
この村の村長が1982年に「フランスの最も美しい村々」制度を提案し作ったので、「フランスの最も美しい村々」協会はこの村にある。
どこも「フランスの最も美しい村々」に登録されている所のほとんどは、観光客の駐車料金が大事な収入源になるようです。




collonge4.jpg

建物が近くで採れる赤砂岩で建てられているので村全体が真っ赤です。




collonge7.jpg

コロンジュの北で採れる赤砂岩は、コロンジュと、メイサック(Meyssac)、ノアイアック(Noailhac)、ラグレイジェオル(Lagleygeolle)の4つの村の建物にしか使われていないそうだ。




collonge_201612291820016de.jpg

確かにリムーザン地方でこの赤は珍しい、ミディー・ピレネー地方(アルビとかトゥールーズなど)で見る赤とも微妙に違う気がするし、フランスっぽくない。
普通の田舎道を走ってきて、そこだけポツンと突如現れる赤い村、一瞬どこかに迷い込んだかのような不思議な感覚になります。




collonge6.jpg

変わった形の黒い屋根、赤い壁とのコントラストが綺麗です。





collonge8.jpg

村の中は10時から19時までは配達と住民以外の車の乗り入れは禁止。




collonge2_20161229182004b57.jpg

村全体こじんまりしているうえに、通りは綺麗に整備されてとても清潔感があって、歩いていて気持ちが良い。





collonge5.jpg

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地のひとつではないはずなのになぜ帆立貝のマークが?と思ったら、この村は、ブルゴーニュ地方のヴェズレーを出発する巡礼のルートだとコロンジュを通るので、巡礼者を受け入れるための宿泊施設があり、昔はその収入が村の大事な収入源となっていたそうだ。
(出発地はフランス国内にはパリ、ヴェズレー、ピュイ・オン・ヴァレーの3か所がある)




collonge1.jpg

11世紀から12世紀にかけて建設されたロマネスク様式のサンピエール教会。





collonge9.jpg

宗教戦争時は、教会身廊は、カトリックとユグノー(プロテスタント)が交互に使っていたそうだ。

ユグノーがカトリック教会の礼拝中に焼き討ちをしたとか、カトリック側がユグノーを虐殺(サン・バルテルミーの虐殺のような)とかが平常な時期に、交互に使うなんて平穏で珍しい。




collonge3.jpg

村の中の軽食店の店先のクルミの量り売り。
コロンジュへ来る途中の道でもクルミが売られていて、たくさんの人が車を停めて買い求めていました。




collonge10.jpg

「赤い村」の散策のみで、特に見どころはないので、見学時間は30分~1時間もあれば充分。
カフェやレストランは数件あります。

コロンジュ・ラ・ルージュ観光案内ページ
http://www.vallee-dordogne.com/la-vallee-de-la-dordogne/les-villages/collonges-la-rouge

読んで頂いてありがとうございます。
1日1回のクリックがランキングに反映されます。
    ↓               ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村  ジモモ パリ

フランス南西部の旅⑥Sarlat-la-Canéda

明けましておめでとうございます。
冬の間、私が住んでいる辺りはブロカントはないので、まだしばらくは南西部の旅の記録です。
春が近づいてブロカントが始まったら、今年もまたブロカント精力的に回ろうと思っています。




今回の旅で一番期待していたペリゴール南部の中心地、サルラ・ラ・カネダ。




sarlat8.jpg

中世~ルネッサンス~17世紀の建物が残り、街全体が博物館のような美しさ。




sarlat9.jpg

16世紀の詩人、ミシェル・ド・モンテーニュ(16世紀ルネッサンス期の哲学者)の友人だったエチエンヌ・ドゥ・ラ・ボエシ (Étienne de La Boétie 1530-1563)の生家。

1525年に建てられたイタリア・ルネッサンス様式の装飾が素晴らしい(20世紀に入ってすぐに修復された)。




sarlat3.jpg

9世紀にはローマ教皇庁の直轄となり、英仏百年戦争(1337~1453)では1360年に英国領になり徹底的に破壊され、10年後フランス王国領に戻り、宗教戦争時にはこの後私たちが訪れるチュレンヌの村の領主・チュレンヌ子爵の侵略で荒らされたりと、かなり過酷な運命を辿った街。

荒れ果てる度に修復され復興し、のちの1962年、文化相アンドレ・マルローによる歴史的街並み保存のための法律(マルロー法)適用第1号の街となり、美しい街並みが復元・保存されている。




sarlat11.jpg

17世紀のブルジョワジーのジッソン邸、内部見学できます(しなかったけど・・・)。

ジッソン邸の前は、Place du Marché aux Oies(ガチョウ市広場)と呼ばれ、ガチョウの像があります、フォアグラの産地なだけに。
子供たちの写真撮影スポット。

Manoir de Gisson ジッソン邸
Place des Oies
24200 Sarlat-La-Caneda
http://www.sarlat-tourisme.com/manoir-de-gisson

【料金】
大人 7ユーロ / 6歳~15歳 3,5ユーロ / 学生 6ユーロ

【開館日】  ★入館は閉館時間の1時間前まで
2月、3月、10月~11月半ばのヴァカンス中 10時~18時
4月、5月、6月、9月 10時~18時30分
7月、8月 10時~19時
クリスマス休暇中 10時~17時




sarla17.jpg

この広場の周りには、ジッソン邸の他、15世紀のHôtel de Vassal(ヴァッサル邸)、Hôtel Plamon(プラモン邸)など重厚で華麗な邸宅が立ち並んでいて、子供っぽいガチョウとの対比が面白い。




sarlat13.jpg

ペリゴール地方の名産、フォアグラ、クルミオイル、乾燥セップ茸などの名産品を売る店がたくさんある。
「黒い」赤ワインで有名なカオールの街も近いのでもちろんワインも豊富に並んでいる。




sarla15.jpg

子供連れでのレストランが面倒くさくてピクニックを貫いていましたが、美味しいものをその土地で食べたい欲には勝てず、ここではレストランへ。
やっぱり前菜にはフォアグラ、メインは鴨胸肉、デザートはクルミのケーキ。




sarlat.jpg

毎週土曜には市場が開かれるリベルテ広場。
この日は平日だったので朝市はなく、周辺のレストランやカフェのテーブルや椅子が張り出していました。

大きな扉のある旧サント・マリー教会の中は常設の市場となっています。

この街で育った建築家ジャン・ヌーベル(パリのあのガラスのアラブ世界研究所をデザインした)が改装した。
教会に、鉄の分厚い大きな扉を付けて、市場にしてしまうとは!
一方で中世の街並みを残しつつも、斬新さを忘れないところがフランス人らしい。
ルーブル美術館にガラスのピラミッドと同じ感覚。





sarla2.jpg

市場の中ではフォアグラ、セップ、クルミなどが並んでいました。
このクルミのお菓子、素朴で美味しそう。




sarlat10.jpg

とにかくレストランの数が多い。
メニューを見るとどこもたいていフォアグラやカスレ、鴨のコンフィ、鴨胸肉、セップ茸入りオムレツなどの南西部料理。




sarlat5.jpg

サン・サセルド大聖堂(Cathédrale St -Sacerdos)。




sarlat7.jpg

大聖堂の裏に建つのは、「Lanterne des morts 死者の角灯」。




sarlat2.jpg

通りの建物と建物の間に突如現れる泉 (La fontaine de st Marie 聖マリアの泉)。
泉の隣のレストランでは食後に洞窟の見学をさせてくれると、表に貼り出したメニューに書かれていました。

私達が食べたレストランの奥も、トイレに行った際に見たら、大きな石の柱が上階まで貫いていて、幅の薄いゆったりとした優雅な階段があって見とれてしまいました。
17世紀の建物で、上階は住居になっているそう。




sarlat1.jpg

半日あれば回り切れる街。
でも不揃いだけど、同じ色だからか統一感がある色んな構造の重厚な建物に囲まれていて、2,3日歩き回っても飽きないと思う、素敵な街でした。




sarlat14.jpg

大聖堂や広場がある側から、モダンで幅の広いレピュブリック大通りを渡った地区も路地が多くて、見ごたえのある建物が迷路のように並んでいる。

サルラ・ラ・カネダ観光案内所
http://www.sarlat-tourisme.com/la-ville-de-sarlat
3 rue de Tourny
24200 Sarlat la Canéda

読んで頂いてありがとうございます。
1日1回のクリックがランキングに反映されます。
    ↓               ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村  ジモモ パリ

フランス南西部の旅⑤La-Roque-Gageac~Castelnaud-la-Chapelle

サン・シル・ラポピーを出発したのが14時半、次の目的地・カステルノー・ラ・シャペルへ向かう途中に通るラ・ロック・ガジャックに到着したのが16時過ぎ。




la rock1

車窓から見るだけの予定が、この光景を通り過ぎるだけでは満足できず、駐車場に停めて(駐車場を出る車が、あと1時間分残ってるからと駐車券をくれたので思いがけず長居してしまった)、ドルドーニュ川沿いを散歩。
ホテルやレストラン、土産物屋が並んでいる。




la rock

断崖にへばりつくように建っている家並み。
カステルノー・ラ・シャペルまで行って折り返してくる約55分間の観光船から眺めると良い景色だろうなぁ。

3月26日~10月31日まで10時~18時まで(10月は午後のみ)運行の観光船
Les Gabares Norbert
http://www.gabarres.com/promenade-bateau/


ラ・ロック・ガジャック観光案内ページ
http://www.sarlat-tourisme.com/la-roque-gageac
駐車場は街の入り口に。 2時間2ユーロ/3時間4ユーロ/一日中5ユーロ




castelnaud1.jpg

カステルノー・ラ・シャペルに到着したのは日も傾きつつある17時過ぎ。




castelnaud8.jpg

12世紀建築のカステルノー城。
18時まで開館だからまだ大丈夫かとたかをくくっていたら、入場は閉館時間一時間前までとのことでこの日は17時までだった。
ほんの5分ほどの差で入れなかった…。
ラ・ロック・ガジャックで寄り道せずに来れば良かったかとかなり後悔しました。




castelnaud9.jpg

場内には中世の投石器や鎧、武器などが展示物もある博物館があるらしい。
見たかった・・・。

Le Musée de la guerre au Moyen Âge




castelnaud12.jpg

ヴァカンス明けに学校の図書館で息子が借りてきた本がこれ。
私の影響なのか、自らの興味なのかは???ですが、中世の武器の図鑑。




castelnaud13.jpg

かなりおどろおどろしい武器もあり、長い剣が顔を突き刺した傷が残っている骸骨の写真まで載っていてかなりリアル。

分かりやすい絵が年代別に細かく説明されていて(日本のなぎなたも載っていて面白い)、結局私の方が嬉々として読んでしまいました。





castelnaud3.jpg

城の高台からはドルドーニュ川対岸のBeynac et Cazenac(ベイナック・エ・カズナック)の城も見えるらしいし、楽しみにしていたのに本当に残念!
百年戦争時代には、ドルドーニュ川を境に、カステルノー城が英国軍の拠点、ベイナック城がフランス軍の拠点で、領土の奪い合いをしていたという興味深い地域です。




castelnaud5.jpg

カステルノー城ホームページ
http://castelnaud.com/

入場料 
大人9,6ユーロ(7,8月の13時までの入場 8,6ユーロ)
10~17歳 4,8ユーロ(7,8月の13時までの入場 4,3ユーロ)
10歳以下 無料

開館日
2月、3月、10月~11月13日/10時から18時
4月、5月、6月、9月/10時~19時
7月、8月/9時~20時
11月14日~1月下旬/14時~17時(クリスマス休暇中は10時~17時)
★入場は閉館時間の1時間前まで




castelnaud11.jpg

ここも鷲の巣村なので、坂道ばかり。





castelnaud2.jpg

通りと同じ高さに屋根が!
通行人が触ったり、座ったりして傷むため注意書きがしてありました。
こういう家に住むのって結構ストレスだろうなぁ。





castelnaud10.jpg

パン屋の店先でマダムはクレープか何かを焼いていて、ムッシュは木彫りの駒の実演販売。
カフェやレストラン、兜や剣、弓矢など中世グッズを売る店が何軒かありました。




castelnaud7.jpg

子供の為に、兜をかぶって弓矢を引いたりと中世の遊びができる場所があって、息子は暗くなるまで弓矢で遊んでいました。
城見学は出来なかったけど、子供たちは楽しめて良かった。




castelnaud4.jpg

堪能できなかったカステルノー、この日はここから30分ほど北上したサルラ・ラ・カネダに宿泊予定だったので、翌朝もう一度来ようか?と夫が提案してくれたのですが、昼前までは霧で真っ白で見えないと土産物店の人が話しているのを聞いたので、翌朝来ても無駄足かと思いきっぱり諦めることにしました。
義弟がトゥールーズにいる限り、また来る機会はあるだろうし、その時はカステルノーとベイナックを堪能したい。

カステルノー・ラ・シャペル観光案内ページ
http://www.tourisme-ceou.com/fr/rubrique/Castelnaud/b40d3ee7d7b274e883bdaa1455d843d6/

読んで頂いてありがとうございます。
1日1回のクリックがランキングに反映されます。
    ↓               ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村  ジモモ パリ

フランス南西部の旅④Saint-Cirq-Lapopie

「フランスの美しい村々」のひとつであり、2012年に「フランス人が好きな村」に選ばれたミディ・ピレネー地方のサン・シル・ラポピー。



昨夏行くのを諦めて、通り掛かりに遠景だけ眺めたサン・シル・ラポピーの村、モントーバンから70キロメートル。
サン・シル・ラポピーの後に行く予定のカステルノー・ラ・シャペルの村まで更に80キロメートルと移動距離が長い。

カステルノー周辺はフランスの美しい村々が他に3か所 (Domme 、La roque gageac、 Baynac et cazenac) あるので、モントーバンから一気にカステルノーに行き、4か所の村を1日掛けて見た方が効率が良いのだけど、今回もまたサン・シル・ラポピーを外すわけにはいかないと強行しました。
結果、案の定、カステルノーで後悔することになるのですが・・・。




st cirq

到着した11時半頃、村を見下ろす駐車場(1日中停めて4ユーロ)からの全景は霧の中、真っ白。
お昼前になっても霧が掛かってるなんて!

ここに来るまでの山道からは真下に雲海が広がっているのが見えて、それはそれで綺麗だったけど。




st cirq8

村に下りるまでの5分の間にあっという間に霧がなくなっていきました。
早朝到着でなくて良かった。




st cirq1

村の小道はレストランや雑貨屋、アトリエなどが並んでいます。




st cirq9

早速、断崖のような Le rocher de la popie (ラ・ポピー岩)に登ってみます。
観光案内所はこの岩にへばりついている建物(地図を貰えますが、なくても大丈夫なくらい小さな村)。
中世の家並みがおとぎ話にでも出てくる村みたいで可愛らしい。




st cirq10

断崖の中腹ほどにはベンチがあるので、我が家はここでピクニック。

夏のヴァカンスでレストランに行ったけど、長時間じっとしてるのが難しい2歳児と、たまに機嫌悪くなって愚図る7歳児を連れてのレストランはゆっくり食事できないし、周りにも迷惑なので今回は暖かく天気も良かったのでほとんどピクニックしました。

奥に見えるのはサン・シル教会。




st cirq3

歪んだ屋根が可愛い!の一言に尽きる家並み。
13~14世紀の中世ブルジョワジーの家々です。




st cirq5

断崖の頂上からは、白い石灰岩の岩肌と眼下にはロット渓谷が見えます。
村はこのロット川の水面から100メートルの高さの所にある。




st cirq12

ちょっとしたアングルでもカフェのテラスと小道だけでも絵になる。
レストランやカフェ、たくさんありました。




st cirq14

坂道をどんどん下ってゆくと、あちこち入り込んでみたくなる路地がたくさんあって、立派な造りの家が並んでいます。




st cirq15

陶器のアトリエ兼ブティックの店先、可愛い。

20世紀には画家や芸術家が移り住んだことから今でもアトリエが多い。
とくに有名で、この村の名を知らしめたのがアンドレ・ブルトン。
数年前テレビで、アンドレ・ブルトンのことをやっていて、サン・シル・ラポピーが出てきた記憶があります。
彼が住んでいた家はかなり荒れ果てていたような・・・。




st cirq13

駐車場に戻る道からの光景。

この村のはじまりは、10世紀にサン・シル子爵がここに城を建てたことに始まる。
13世紀には、ラポピー家(Les Lapopie )、グールドン家(Les Gourdon )、カルダイヤック家(Les Cardaillac)という3つの家がこの地を分け合って支配していた。
ラポピー家の城は、「ラポピーの岩」の一番高い所にあったらしい。
グールドン家の城は見つかっていないため、どこに位置しているの分からずじまい。
カルダイヤック家の城(13世紀終わりから14世紀初めに建設)だけが、サン・シル教会の傍にわずかながら廃墟として残っているのみ。

岩の上、3つも城が建っていたとは想像がつかない、そんなに広大な土地ではないのです。
ラポピー家とグールドン家の城址とか絵とかの資料などがあれば想像できるのに。




st cirq7

駐車場には展望台があって、ピクニックテーブルがあります。
この光景を眺めながら、村のカフェで調達したケーキを食べました、気持ち良かった!

中世の頃には鷲ノ巣村を形成していて、村全体が城砦の役目を果たしていた、高台から360度見渡せるこんな場所なら英仏戦争の時には絶好の要塞だったでしょう。

サン・シル・ラポピー観光案内所
http://www.saint-cirqlapopie.com/
Place du Sombral
46330 ST CIRQ LAPOPIE

読んで頂いてありがとうございます。
1日1回のクリックがランキングに反映されます。
    ↓               ↓
にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
にほんブログ村  ジモモ パリ

このカテゴリーに該当する記事はありません。