Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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ロワール~ブルゴーニュの旅②Sully-sur-Loire城⑴


 
ロワール河沿いに建つシュリー・シュル・ロワール城へ。





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水を湛えた堀に建てられていてとっても優美な印象。





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11世紀には既に城は建っていて、1602年にアンリ4世の宰相であったマクシミリアン・ド・ベチュヌ ( Maximilien de Béthune 1559-1641 ) が領主権を買い取ります。
1606年に公爵の称号を受け、領地の名前からシュリー公となり、以降4世紀に渡り歴代のシュリー公の居城として使われていた。

1928年に歴史的建造物に指定、1962年に所有者がシュリー公からロワレ県に移り、修復工事が行われ一般公開されるようになりました。






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街の中心部にある病院の中庭に建つマクシミリアン・ド・ベチュヌの彫像。






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Grande salle basse

シュリー公の彫像に、14世紀後半の大きな暖炉がある大広間は、かまどがある台所とつながっていて、給仕人や料理人の仕事場として使われていた。






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Salle de l'assommoir

シュリー公の執務室。






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外観のイメージから、内部には幅の広い優美な階段があるかと思いきや、中世の要塞として建てられた城なので、一人が通れるだけの小さな石の螺旋階段ばかりを登ったり降りたりして次の間へ移動。

ドレスを着た17世紀以降のご婦人方はたいそう歩きにくかったんじゃないかと思う。





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Salle d'Honneur

歴代のシュリー公や家族の肖像画がずらりと飾られているのは300㎡もある大きな広間。






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Chambre du roi

鮮やかなブルーの豪華な天蓋ベッドの寝室はアンリ4世の為にしつらえられた、が、アンリ4世は一度もこの城を訪れることはなかったそうだ。

1652年3月、フロンドの乱の際にアンリ4世の孫ルイ14世が2日間滞在。






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宰相はアンリ4世の肖像画まで飾って準備万端だったのに。




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Chambre de Psyché

「プシケの寝室」と呼ばれるシュリー公爵夫人の寝室。
木工細工や装飾、金箔、床は2007年に18世紀の居室を連想して修復。

ギリシャ神話のプシケの物語のタペストリーは17世紀はじめのもの。

真っ赤な寝台に、椅子にはドレスも置かれ、調度品もため息もの。
「プリンセスのお部屋」と興奮する娘を次の部屋に移動させるのが難しかった。
ヴェルサイユ宮殿に連れて行ったら1日動中かないかもしれない。






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寝台や家具、調度品は18世紀のもの。





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Chemin de ronde

塔と天守閣を繋ぐ細い通路。
弓矢を引く為の「矢狭間」がある。





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Charpente

屋根裏。
建物の骨組みまで見れて面白い。
材木の3/4が15世紀の栗の木のオリジナルというとても良い保存状態。

Chateâu de Sully sur Loire
Chemin de la Salle verte
45600 Sully-sur-Loire

長くなりそうなので次回も城の続きです。

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ロワール~ブルゴーニュの旅①Gien

今年の夏のヴァカンスの旅の記録です。
7月下旬にロワール河沿いのジアン(Gien)とシュリー・シュル・ロワール(Sully-Sur-Loire)、ブルゴーニュ地方のサン・ファルジョー(St-Fargeau)、オクセール(Auxerre)を訪れました。

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先ずはジアンの街散策。
ジアンといえば陶器。
工場兼アウトレットのブティックもあるし、いつか工場見学したいと思っていたけど、今回は街歩きのみ。





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この光景が見たくて、街の中心部の対岸、ロワール河左岸に車を停めて橋を渡ります。

ジアン城とジャンヌ・ダルク教会が隣り合わせで建っていて、遠くから見るとひとつの巨大な建物に見えて圧倒的な存在感。

とても素敵な光景だけど、もう少し左に目を向けると原発があって、原発のコンクリートの建物から煙がもくもく上がっているのが見えるのがちょっと残念。
世界遺産にもなっているロワール川だけど、原発が連立しています。





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橋はルイ9世によって造られたものを、1734年にルイ11世の娘・アンヌ・ド・ボージュー(Anne de Beaujeu)が12のアーチを持つ石造りの橋へと修復した。





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橋を渡るとジアン城へ登る階段のある広場に出ます。




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広場の横にはメインストリートがあって、お昼過ぎた時間だったのでブティックは昼休み中で開いているのはカフェやレストランだけ。

通りを進むと観光局や、街で一番古い「アリックスの家(La maison des Alix) Place Jean Jaures 45500 Gien」があります。
家の周りは道路工事中のあおりを受けて、保護のためか一部シートがかけられていたり、写真に撮るのもどうかと思うほど崩れ落ちそうな様子でした。





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通りにはジアン焼きのタイルの標識があって探しながら歩くのが楽しい。




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濃い青やえんじ色が美しい。





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城へ向かって階段を上っていくと、煉瓦の煙突や屋根、橋、ロワール河が見渡せて見晴らしが良い。





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1482年に建設が始まったジアン城は現在は狩猟博物館になっています。
狩猟と聞いただけで大体のイメージは掴める、興味がないので外観だけ。


狩猟自然博物館
Château-musée de Gien : Chasse, histoire et nature en Val de Loire
45500 Gien



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1461年に生まれたアンヌ・ド・ボージューは、1473年に12歳でピエール・ド・ボージューと結婚します。

1483年に父・ルイ11世が亡くなると、国王になるには幼すぎる実弟シャルル8世の摂政を1491年まで務めます。
8世紀に要塞として建てられたジアンの城はその頃ルネサンス様式に改修された。

幾何学模様のレンガ造りなのだけど、フリー・メイソンの模様に見えるところもあってちょっと不気味。

百年戦争時代にはシャルル7世が、その後はフランソワ1世やカトリーヌ・ド・メディシス、シャルル9世、フロンドの乱の時にはルイ14世もこの城に滞在している。





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城の横にはジャンヌ・ダルク教会。

ジャンヌ・ダルクがオルレアンを開放し、フランス軍が1429年6月29日シャルル7世(在位1422~1461)の戴冠式(1429年7月17日)のためランスへ向けて進軍を開始したのがここジアン。

教会の中の柱頭には、ジャンヌ・ダルクの生涯が彫られていたのが興味深かった。(暗くて、高い所にあるため写真は上手く撮れていませんでした、残念。)

Eglise Jeanne d’Arc
5, place du Chateau 45500 Gien




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教会の外壁には、1972年に制作されたジアン焼きの陶板。

ジャンヌ・ダルクが1429年にここに4回来たことが記されています。

このあと訪れたシュリー・シュル・ロワールの城と、サン・ファルジョーとオクセールにもジャンヌ・ダルクは訪れていて、なんだかジャンヌ・ダルクの足跡を辿っている気分になりました。





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川幅の広いロワール河。  






1866年7月27日の洪水の時には7メートル以上の高さまで水かさが増したと橋のたもとや、対岸の家の壁に記録が残っていました。
これだけ大きな川が氾濫するなんて脅威。

ジアン窯の工場や城の内部を見学しなかったので、街散策はゆっくり歩いても一時間位あれば充分な小さな街です。

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