Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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ロワール~ブルゴーニュの旅⑥Auxerre⑵

オーセールの街散策の続き。

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色や木の組み方が異なる木組みの家を見るのは楽しい。
16~17世紀のもの。




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街の中心部・旧市街はこういう木組みの家が立ち並んでいる。




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家の柱頭も凝ったレリーフ。





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現在の通り名(紺色のプレート)と、昔の通り名が違っていて面白い。
パリとか他の街でも時々こういうのは見掛ける。
新しい通りが人の名前のようなので、その人が亡くなってどこの通りに名前を掲げようかとなった時にちょうど街改造の時期で、なんてことはない「Rue des Neiges 雪通り」をなくしてしまおうとなったのかもしれない、と想像して歩くのもまた楽しい。





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オーセールの街の中で一番感動したのがこのブーシュリー通り。

偶然歩いていて見つけたのだけど、少し下り坂になっていて、その左奥に見えるアーチ形の窓がいくつもある建物、あまりにも美しすぎて、これは何かある!と足早に近づいていったら、「Passage couvert Manifacier」パッサージュ・クーヴェール・マニファシエという屋根付きのアーケード。

建築家Grégoire Roux により1869年に作られ、1975年歴史的建造物に指定された個人所有のものだそうだ。




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Porte 13, rue des Boucheries

中央の鉄の扉にはめられたガラスは破れていたので中を覗いたら、石の螺旋階段が見え、階段下には郵便受けやゴミ箱もある。
アーチ形の窓にはカーテンがあって少し開いているし、花も飾られているので人が住んでいる様子。





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隣近所には木組みの家もあるのだけど、19世紀のこの建物もなじんでいて、もう何度も後ろを振り返りながら進む…というより後ろ歩きで前に進みました。
なんでこうもこの建物に惹かれたんだか…。





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通りの端まで来ると、緩やかに湾曲してさらに美しさが増した通りに感動してしまった。

オーセールに住むならこの通りが良い、とまた空想の世界に浸りながら先へ。





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ブーシュリー通りからその裏のフェコドリー通りへ入ってみたら、ギャラリーになっていて入れました。
通り自体はカフェや雑貨屋、服屋が並び結構賑やかだけど、この短いギャラリーはひっそりとしていて人けがない。

個人所有と言っても一人ではなく、現在30人程の所有者がいるそう。
数年前までは不法侵入者が住み着いたり(対策としてギャラリーの入り口は20時に閉まり、所有者はデジコードで出入り可能)、歴史的建造物なのになかなか修復が進まなかったりと所有者は大変そうです。




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6, rue Fécauderie

1820年代辺りにパリに造られた現在も残るパッサージュ同様、鉄の扉に石の床、ガラスの天井、壁には鏡が嵌め込まれている。
パリには1850年代にデパートが出来て、パッサージュは衰退していくのだけど。

店の方は家具屋や布屋、調度品の店が入っていて店内は人影もなくてひっそりとしていて、寂れた雰囲気が魅力的(と個人的に思っている)。





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奥のアーチの窓の方に近づいたら、先ほどブーシュリー通りからのぞいた石の階段が真下に見えました。





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7月下旬の旅の記録はこれで終わりなのですが、8月下旬にもまたロワール~ブルゴーニュ旅行したので、またしばらく旅行記が続きます。

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ロワール~ブルゴーニュの旅⑤Auxerre⑴

サン・ファルジョーから一時間弱、オクセールに到着。
日本のガイドブックなどには「オーセール」と書いてあるけど、夫に聞いたら「オクセール」と発音するんじゃないか?ということだったので、オクセールと書くことにします。

正しい発音は「オーセール」とご指摘いただきましたので、以下、訂正いたします。



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サン・テティエンヌ大聖堂の目の前に車を停めて散策開始。

11世紀のロマネスク建築だったけど、1215年に壊れ、13世紀から16世紀にゴシックに再建された。

向かって左側の北塔の高さは68メートル。(パリのノートルダム寺院のは69メートル)
南塔は建設されず。




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Cathédrale Saint-Étienne d'Auxerre
Place Saint-Étienne
89000 Auxerre





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正面入り口の中央扉のタンパン(建物入り口上のアーチ状の壁面)のアーキヴォルト(archivolt アーチに沿って付けられた装飾)。
13世紀の彫刻が素晴らしいのですが、人物像の首はほとんどもぎ取られています、16世紀の宗教戦争での被害らしい。





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怪物だか犬だかが人を飲み込もうとしているのがなんだかユーモラス。





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13世紀のバラ窓も、他のステンドグラスも素晴らしかった。





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柱頭には様々な人物や怪物の顔。
うっすらとフレスコ画も残っています。





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ジャンヌ・ダルク像。
1429年2月27日日曜日、シノンに行く途中この大聖堂に寄ったと書かれています。




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大聖堂前の通りにあるアンティーク屋。
店内を見たかったけど、お昼過ぎに到着したので昼休みで閉まっていました。

でも店の前には売り物の椅子とか出しっぱなし・・・。





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木組みの家に囲まれた15世紀の時計塔。
ルーアンみたいな街並みです。




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時計塔を反対側から見ると、オーセール生まれの文学者、フランス革命前後に執筆したレチフ・ドゥ・ラ・ブルトンヌ(1734-1806)の像があります。

読んだこともなければ、名前さえ知らなかった。





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地面に埋め込まれた観光案内の標識、軍服姿の「CADET ROUSSEL」のデッサン。
三角の先端に沿って進むと、歴史的建造物などに辿り着く。

カデ・ルセルはオーセールに実在した人物で、詩人・白髪のガスパールが1792年に作詞した「末っ子ルセル」という歌の主人公。

このブロンズの三角の標識、観光案内所で32,40ユーロで販売中。





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カデ・ルセルの像。
像のたもとには犬などの動物も。
多分歌の中に出てくるんでしょうか。
歌もこの人物も知らなかったけど、前もって調べておけばもっと興味を持って観光できたのに。

オーセールの街歩き、まだ続きます。

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ロワール~ブルゴーニュの旅④St-Fargeau

ロワール地方をあとにして、北ブルゴーニュ、サン・ファルジョーの街散策。







北ブルゴーニュ・ピュイゼ ( Puisaye) と呼ばれる地方。
メインストリートの時計塔が目を引くしっとりした小さな街。






金曜日の午前中は朝市でにぎわっていました。
コロニー・ド・ヴァカンス(子供の林間学校みたいなもの)でここを訪れている中学生たちがたくさんいて、朝市で雑貨やおもちゃを買って騒いでいる様子が微笑ましかった。







朝市がない日は静かなんだろうな。
地元民とツーリストも多くて活気がありました。







観光局の建物に掲げられた通りの標識。
歴史ある城下町らしい標識です。

Office de Tourisme de Saint Fargeau
3 Place de la République
89170 Saint-Fargeau







時計塔は15世紀のもの。







奥に見える赤煉瓦のどっしりした建物は、サン・ファルジョー城。
980年頃、オクセール司教のエリベールが狩猟用の館を建てたのがサン・ファルジョー城の始まり。
15世紀と17世紀に修復が行われています。

朝市の屋台に遮られて遠景を撮影できなかったのがちょっと残念。

パン屋でキッシュやバゲット、朝市の屋台でハムやチーズを調達して、城の前の広場にある噴水のような手押しの井戸の周りに座ってお昼ごはん。
水は出ないけど、子供たちは面白がって井戸で遊んでいました。







17世紀にはルイ14世のいとこ「グランド・マドモワゼル」と呼ばれるモンパンシエ公爵夫人、アンヌ・マリー・ルイーズ・ドルレアン・ド・モンパンシエ(Anne Marie Louise d’Orléans de Monpensier 1627~1693)が、「フロンドの乱 La Fronde 1648年 - 1653年」の際に国王側につかず、フロンド軍側に味方したが、国王軍が鎮圧した後、国王の不信を買いサン・ファルジョーに島流しとなりこの城で4年間を過ごし、その際にヴェルサイユ宮殿の建築家ル・ヴォーに依頼し赤煉瓦の城に建て替えさえた。

島流しとはいえ、莫大な財産を持っていた王族なのでサロンは開いていたのでしょう。
ルイ14世の時代に活躍した音楽家、リュリ(Lully)を城に招いたりしている。
1657年にヴェルサイユの宮廷に戻っても人気はなく、往復書簡で有名なセヴィニエ夫人は「ヴェルサイユに友人は少なく、ケチでかなり冷たい人」と手紙に書き残している。

7,8月の金・土曜の夜には野外スペクタクルが催されている。

Château de St-Fargeau
89170 Saint-Fargeau







この街で長居してしまったのがブロカント屋。
ホーローのお玉とかコーヒーポットとかたくさん飾ってあって、デイスプレイが可愛い。







コーヒーポットは小さいサイズのが15ユーロ、お玉は10ユーロとちょっとお高め。







店内にも食器がたくさん。
カフェ・オ・レ・ボウルもありました、良い状態のもので10ユーロ、ひびやシミがあるもので5ユーロ。

とても良い街だなと思ったし、城の見学はしなかったので、下の子がもうちょっと大きくなったら夜の城見学+野外劇を見るために再訪したい。

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ロワール~ブルゴーニュの旅③Sully-sur-Loire城⑵

シュリー・シュル・ロワール城の続き。

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Antichambre

城主からの呼び出しを待つための控えの間。
17世紀のタペストリーが飾られている小さな部屋。





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Chambre de la tour carrée

17世紀にはシュリー公の寝室だった部屋。
1918年の火災で被害があり、以降何度も修復され、現在は18世紀のポーランド式寝台が置かれている。





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黄色の壁紙に黄色のカーテン、こじんまりした部屋だけど気品があります。





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Grand salon

17世紀にはマクシミリアン・ド・ベチュヌの寝室だった部屋を含む小さな3部屋を、19世紀になって招待客の為にサロンに改造された。





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18世紀の家具がとっても豪華で、天井の装飾も見応えがある。





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金箔が豪華なキャビネにはアンリ4世騎馬像と、ここに滞在したことがあるヴォルテールの本が収まっている。





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壁紙や布類を見るのも好き。






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Petit salon

時に寝室としても使われた小さなサロン。
家具はシャルル10世様式。
オレンジピンクとパステルイエローの組み合わせが可愛らしい。





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Salle à manger

ピアノが置かれている19世紀の食堂。





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ピアノの反対側は、シュリー公の紋章のレリーフが装飾されている暖炉。





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ちゃんとテーブルセッティングもされています。





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内部の見学を終わると中庭に出る。

塔があるお城はやっぱり素敵です、「眠りの森の姫」など童話の世界に入り込んだ気分になります。





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この城には1429年6月21日と22日に国王シャルル7世に招待されたジャンヌ・ダルクが滞在し、その後も1429年12月から1430年3月に渡り度々訪れている、との石版。





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お堀に架けられた木製の橋を渡ると街の中心部へも行けるし、お堀をぐるっと回って城の外観を堪能できます。





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どの角度から見ても美しい城です、見飽きません。

中世の城塞の様子も見つつ、貴族の住居としての家具・調度品が充実していてとても見応えがあって良い城でした。





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城のすぐ横にはロワール河が流れていて、夏休みの間「シュリー・プラージュ」が開催中で、子どもたちが遊べる遊具がたくさんありました。

宿泊したホテルの隣の魚屋さんが20時からムール貝とフリットを屋台で出すというので、夕食にそれもいいかと思ったけど、結局バゲットやお惣菜を調達して城の庭でピクニック。

18世紀頃はフランス庭園があったようだけど、現在は立入り可能な芝が広がっているだけで、みなさんピクニックしたり、ジョギングしたり・・・。
城を正面に見ながら食べた後は寝転がってのんびり過ごしました。

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ロワール~ブルゴーニュの旅②Sully-sur-Loire城⑴


 
ロワール河沿いに建つシュリー・シュル・ロワール城へ。





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水を湛えた堀に建てられていてとっても優美な印象。





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11世紀には既に城は建っていて、1602年にアンリ4世の宰相であったマクシミリアン・ド・ベチュヌ ( Maximilien de Béthune 1559-1641 ) が領主権を買い取ります。
1606年に公爵の称号を受け、領地の名前からシュリー公となり、以降4世紀に渡り歴代のシュリー公の居城として使われていた。

1928年に歴史的建造物に指定、1962年に所有者がシュリー公からロワレ県に移り、修復工事が行われ一般公開されるようになりました。






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街の中心部にある病院の中庭に建つマクシミリアン・ド・ベチュヌの彫像。






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Grande salle basse

シュリー公の彫像に、14世紀後半の大きな暖炉がある大広間は、かまどがある台所とつながっていて、給仕人や料理人の仕事場として使われていた。






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Salle de l'assommoir

シュリー公の執務室。






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外観のイメージから、内部には幅の広い優美な階段があるかと思いきや、中世の要塞として建てられた城なので、一人が通れるだけの小さな石の螺旋階段ばかりを登ったり降りたりして次の間へ移動。

ドレスを着た17世紀以降のご婦人方はたいそう歩きにくかったんじゃないかと思う。





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Salle d'Honneur

歴代のシュリー公や家族の肖像画がずらりと飾られているのは300㎡もある大きな広間。






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Chambre du roi

鮮やかなブルーの豪華な天蓋ベッドの寝室はアンリ4世の為にしつらえられた、が、アンリ4世は一度もこの城を訪れることはなかったそうだ。

1652年3月、フロンドの乱の際にアンリ4世の孫ルイ14世が2日間滞在。






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宰相はアンリ4世の肖像画まで飾って準備万端だったのに。




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Chambre de Psyché

「プシケの寝室」と呼ばれるシュリー公爵夫人の寝室。
木工細工や装飾、金箔、床は2007年に18世紀の居室を連想して修復。

ギリシャ神話のプシケの物語のタペストリーは17世紀はじめのもの。

真っ赤な寝台に、椅子にはドレスも置かれ、調度品もため息もの。
「プリンセスのお部屋」と興奮する娘を次の部屋に移動させるのが難しかった。
ヴェルサイユ宮殿に連れて行ったら1日動中かないかもしれない。






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寝台や家具、調度品は18世紀のもの。





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Chemin de ronde

塔と天守閣を繋ぐ細い通路。
弓矢を引く為の「矢狭間」がある。





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Charpente

屋根裏。
建物の骨組みまで見れて面白い。
材木の3/4が15世紀の栗の木のオリジナルというとても良い保存状態。

Chateâu de Sully sur Loire
Chemin de la Salle verte
45600 Sully-sur-Loire

長くなりそうなので次回も城の続きです。

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