Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入り、時々美味しい物も紹介します
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カルティエ展とカルティエのシャンパーニュなど

ブロカントと関係ないけど、グラン・パレで開催中のカルティエ展が素晴らしかったのでそのことを。

「Cartier Le style et l’histoire カルティエ スタイルと歴史展」こちらに詳しく書いてあるのでここでは説明は割愛して、これはカルティエ主催ではなく国立美術館協会主催。キュレーターがフランス内外の美術館や個人コレクターから借り出してきたもの。

宝飾品の数々も素晴らしかったし、デッサン画と共に展示してあったり、顧客名簿や注文票などの過去の資料もあって興味深かった。グラン・パレ内のSalon d'Honneurの内装(壁から天井にかけてプロジェクターで宝飾品なんかが映し出される)もさすが。





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ダイヤモンドのティアラの数々。




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宝飾品を製作する際のデッサン等も一緒に並べられている。





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ドレスに散りばめられた宝石が溜息もの。これを着ていた貴婦人の肖像画も。





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左は1914年ルイ・カルティエの依頼により作成されたジョルジュ・バルビエの画による招待状。
右は1910年頃ベル・エポック全盛期のネックレス。





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左上はウィンザー公爵夫人(ウォリス・シンプソン)の依頼のネックレス。
右下はモナコ公妃、グレース・ケリーのティアラ。
(2011年、キャサリン妃が結婚式の際に付けていた1936年作成のダイヤモンドのティアラも展示してあったけど撮影禁止だった)





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小さな小さな眼鏡もカルティエのシンボル、豹が付いててエレガント。





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こちらは1928年、インドのマハラジャの依頼で作られた大きなネックレス。上がデッサン。
右下の小さい(といっても左のが巨大な為小さく見えるだけ)のは、説明書きを読んだ際に思わずフランス人みたいに 「N'importe quoi!!」と心の中で叫んでしまった「犬用のネックレス」!!

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家にあるカルティエの本を見たらこのデッサンも載っていた。
石の配置や石の数が細かく描かれている。





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うちにあるカルティエの物といったら、財布やボールペン、グリーティング・カードとかちまちました小物ばかりで哀しいかな宝飾品や貴金属はない。若い頃に安物のアクセサリーをたくさん買わずに、タンク・フランセーズを買っとけば良かったと何度後悔したことか!

でも、シャンパーニュならある!

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いつ開けようか楽しみにとっているのである。





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あとは男性用香水「Déclaration」の香り付きロウソクとか・・・・





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陶器のVide-poche(ヴィッド・ポッシュ 指輪や時計・鍵なんかをポンと置いたりする入れ物)とか・・・。

今年9月は、2年に1度グラン・パレで開催されるアンティークのビエンナーレの年。
カルティエはじめ、シャネル、ディオール、ヴァンクリーフ&アーペルなどのハイジュエラーのアンティークから現代までの作品、美術館級の絵画や古文書、調度品などを扱う高級骨董商の展示販売がビエンナーレで、これもかなりの見応えがあっていつも楽しみにしている。
ルノワールの絵画とかここで個人に売れてしまったらもう2度と公の場で見ることはできないので貴重な場。

グラン・パレはほんとにいつも見応えのある良いエクスポジションを行っているので常にチェック。
グラン・パレのサイトはこちら

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古絵葉書のサロン ギロチンとマリー・アントワネット

2014年1月12日(日)は、Ozoir-la-Férriere(オゾワール・ラ・フェリエール)で開催されたサロン・ド・カルト・ポスタル(古絵葉書の展示即売会)へ。
予想通り売り手も買い手もほとんどが年配の男性。

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アルバムや木箱にテーマ別にきっちり並べられているのだけど、とにかくジャンルが多いので自分が探しているテーマを売主さんに言って絵葉書の束を出してもらい、1枚1枚見てゆく。

私が探しているのはフランス革命に関する物、特にマリー・アントワネット。
売主さんたちによるとこのジャンルはあまり需要がないそうなので私にとっては探しやすい。
かなりのスタンド数があったけど、なんせ見る枚数が半端なく多いので全てのスタンドは回りきれず。





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5,6人の売り主さんの持ち物からじっくり選んだのがこれら。





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1789年10月5日、パリ市民がパンを求めてヴェルサイユに行進。
翌6日、国王ルイ16世一家はパリへ出発し、チュイルリー宮殿に住むことになる。
これは、パリへ出発する際の様子を描いたもので、もともとはイギリスで発行されたエッチングを絵葉書にした物。





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1793年、革命裁判所(Tribunal Révolutionnaire 1793年パリに設置された特別犯罪裁判所)でのマリー・アントワネット。
左側の机に座っている帽子の男が革命裁判所の検事アントワーヌ・フーキエ・タンヴィル、手前が陪席判事のジャック・ルネ・エベール。
のちにこの2人もギロチン台に送られる。





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起訴状が読み上げられるのを聞くマリー・アントワネット。





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1793年10月16日午前4時満場一致で死刑判決を受け、12時15分コンコルド広場にてギロチン刑。





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そしてこちら、ギロチンの写真の葉書。
落ちた首を入れる柳で編まれた籠がセットされている。

安達正勝著「死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男」というムッシュー・ド・パリと呼ばれたパリの死刑執行人の暮らしぶりや苦悩を回想録を基にして書かれた本が面白くて、モンマルトル墓地にサンソン家の墓参りに行っただけでは気が済まず、どうしてもギロチンの写真が欲しくてずっと探していたのだ。

そして死刑執行人にまつわる話を。
死刑執行人には1721年までは給料というものがなく、市場で食料や日用品を売る商人から一定の品物を税金として現物徴収する権利が与えられていた。
パン屋もサンソン家に税金としてパンを渡していたが、処刑はたいてい正午に行われることが多いので昼どきにパンを受け取りに行くことが出来ない、そこでパン屋は他の客にサンソン家のパンを渡してしまわないよう目印として裏返しにしてとっておいた。
フランスで「パンを裏返しに置くと不吉なことが起きる」という迷信の由来はこれ。
パンをきちんと渡すという目的以上に、国王の命令で犯罪者を刑に処す仕事だけれども人々からは忌み嫌われ除け者にされていた処刑人一家への差別の意味も含まれているものと思われる。

ちなみにルイ16世やマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンの刃は、サンソン家最後の死刑執行人が借金のために質入れ→買戻し→その後知人のイギリス人に買い取られ、今はロンドンのマダム・タッソー蝋人形館に展示されている。

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パリ散策・ブロカント屋とブキニスト

ブロカントがない平日のパリ散策の起点は12区のマルシェ・ダリーグル。
野菜や果物の屋台のそばに、古着や古本、古絵葉書、食器などのガラクタ市が月曜を除く毎日開催。
ほんとにしょうもない物しかないと分かっていても1ユーロのダンボールを漁りたくてつい立ち寄ってしまう。
この日はレイモン・ローウィのデザインのル・クルーゼの片手鍋発見。



Marche d'Aligre(マルシェ・ダリーグル)
Place d' Aligre 75012 Paris

営業時間:火~金 9:00~13:00 16:00~19:30
土 9:00~13:00 15:30~19:30
日 9:00~13:30







ファーブル・サンタントワーヌをバスチーユ方面へ向かい、マレ地区へ。
オスマンの大改造を逃れた小路が残るサンポール界隈。






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ブロカント屋が並ぶヴィラージュ・サンポールの中庭。
中庭の空間が作られたのは比較的新しくて1970年代。

12~13世紀にはサンポール村と呼ばれるこの一角には50の建物がひしめいており、そのうち1970年代までに上水道が完備されていたのは50%、お風呂場があるアパートはなんと10%にも満たなかった。そこでパリ市は衛生面向上のため、一角の大整理を行うことに。建物を壊し、中庭を作って風通しを良くし、730軒あったアパートは241軒に減らされた。





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ヴィラージュ・サンポールの中にある食器やカトラリー、リネンを扱うお店。





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中央の籠の中ほどにヒイラギ柄の皿、ショワジー・ル・ロワ(Choisy le Roi)製でした。





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この辺りに来ると必ず寄るのが、EW。
カフェオレボウルやリネン、紙類、人形、無造作に積まれてるように見えるけどちゃんと計算されているであろうディスプレイが素敵すぎる。







EW
21 Rue St-Paul 75004 Paris





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サンポール通りを南下してセーヌ川を渡ってサンルイ島を横切り、ノートルダム寺院の後姿を見ながらブキニスト(古本、絵葉書を売ってる屋台)が並ぶ左岸へ。
別に古本に興味があるわけではなく、この辺りの風景がパリでいちばん好き。





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ブキニスト発祥は1600年代はじめのポン・ヌフ(1604年完成)。時の王令によりポン・ヌフでの営業を禁止されたり、許可されたり、ゲリラ的にセーヌ河岸に出没したりと、ブキニストが今のようにノートルダム寺院やセーヌ川と共にパリになくてはならない風景となるまでには相当過酷な歴史があったらしい。

ブキニストbouquinisteとは、buchというドイツ語が語源で、「ブカンを売るために買い入れる人」という意味。
ブカンbouquinは、「ほとんど評価のできない古本」「不要になった古本」を指す。
そしてちゃんと「古本を参照したり、探したりする」ブキネbouquinerという動詞も存在し、そういうことをする人のことは、ブキヌールbouquineur(男性)、ブキヌーズ bouquineuse(女性)と呼ばれている。

参照 : 倉田保雄 著 「セーヌのほとり」





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ブキニストを眺めながらセーヌ沿いをぷらぷらと西へ。
昼でも暗い小路には路央下水溝の跡、両側から支え合ってやっと持ちこたえてるような、内部は梁天井と中央がすり減った木製の螺旋階段が備わってるであろうアパルトマンが並ぶサン・ミッシェル界隈。

この辺りでもっとも有名な店が、このシェークスピア・&カンパニー。雑誌の撮影にも良く使用されるとてもフォトジェニックなファサード。パリー日本往復に利用したエバー航空のCMでも金城武がこの店の前に佇んでいた。
ここでも古びた雰囲気を感じて古本の匂いを嗅ぎ、漁っている人を眺めるのが好き。

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