Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入り、時々美味しい物も紹介します
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Brie C/R・クーザンスの鍋とM・アントワネットの皿

旅の記録が続いていたので、ブロカントの記録は久しぶりです。
5月、6月の日曜は何か所行っても手ぶらなことも珍しくなかったり、予定が入って出掛けられなかったりといつもの年に比べるといまいちな感じでした。

2016年6月12日(日)、1か所目に小雨がぱらつく中出掛けたのは、77県のBrie-Comte-Robert (ブリー・コント・ロベール)。

2か所目、そこから東へ行ったAubepierre-Ozouer-le-Repos(オーブピエール・オズーエル・ル・ルポ)では大粒の雨が降り出し、スタンドにはビニールが被せられてじっくり見れず収穫なし。
スタンド数は少なかったけど、パッと見て古物商といった感じのスタンドが多く、じっくり見れていたら何か見つけたんじゃないかと思ったので、来年のために覚えておこうと思います。

正午過ぎに3か所目のQuiers(キエール)に着いた頃には土砂降りで、早朝には結構なスタンド出ていたそうだけど、みんなスタンドを畳んでいる最中でガランとしていた。
ここでスタンドを出していた夫のいとこに挨拶して帰ってきただけで収穫なし。
いとこの話では結構古い物を出しているスタンドが多かったそうなので、ここも来年要チェックです。

1ヶ月ぶりくらいに行ったブロカントだったので楽しみにしてたのに徒労に終わった感が半端ない。






ブリー・コント・ロベールでは年4、5回ほどブロカントがあるけど、今回は街の墓地の駐車場という初めての場所で、スタンド数は100くらい。

  



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クーザンスの片手鍋と、マリー・アントワネットの絵皿が収穫品。





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青い直径16センチの鍋、注ぎ口がごっつくて、意外と使い勝手が良い。





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木のハンドルも持ちやすい。





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全く同じ縁のレリーフはこれで3枚目かな。
いつか引っ越して広い壁があったらずらりと飾ってみたい。





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St-Amand窯のもので、1896~1952年までに作られたものです。





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ご近所で2週続けて引越しがありました。
その際に不要な家具が出されていたので、頂いて・・・、というか拾ってきたのがこれ。
鏡がついていて、帽子掛けたり、スカーフ掛けたりできます。
木がしっかりしていて結構重い。





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木目とか木肌の家具は苦手なので取り敢えず白に塗ってみた。
息子の部屋の壁に掛けようと思っているので、壁に色に合わせてさらに青で塗ろうか、それともシャビーシックなライトグレーとかベージュにしようかと考え中。

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エマユス・ブリーでカフェオレボウル

モレに向かう途中、エマユス・ブリーの看板がいくつもあって気になっていました。
モレの街は思っていたより小さかったので、早めに散策し終えて、エマユスへ。








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厩舎のある農家だった敷地全体がエマユス。

敷地内の地面には大小様々なタイルが置かれている。
日曜大工で余ったものとか、タイル工場の閉鎖とかのストックものだと思う。
たくさん種類があるけど、一つのタイルにつき量はそんなにないので、狭い面積(洗面台の鏡の下とか)にタイルを張りたい時は、1㎡=1ユーロという安さなのでここで買うのもありかも。
このタイルに紛れてディゴワンの食器とかも地面に無造作に置かれてて、さすがエマユス、混沌とした印象。





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建物の大きさからして、中はもっと充実しているかと思ったけど期待していた程でもなく、わざわざ行く程ではないかな。
77県にはここしかエマユスがなくて行きたいけど遠いなとずっと思っていて、期待度が大きかっただけにちょっとがっかり。

http://www.emmausbrie.org/

Ferme de la Rubrette
Rue de la Garenne
77130 La grande Paroisse
(月)~(日)8時半~19時





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FBのマークが入ったバドンヴィレーのカフェ・オ・レボウル、見つけました。

涼しげなペパーミントグリーン。





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今なら不良品として出荷されないだろうというような、製造過程で出来た傷。
こういうのがたまらなく良い味出してて好きです。





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フランスの7月の楽しみは、ほんの短い期間しか楽しめないサクランボ。
肉厚でジューシーで食べ始めたら止まりません。
この時期はほぼ毎日食卓にあるけど、家族で争奪戦です。

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Moret-sur-Loing散策

5月はじめに訪れた77県のモレ・シュル・ロワン。

5月末から6月にかけてフランスが大被害だった大洪水では、街を流れるロワン川の荒れ狂う様子や、茶色の水に囲まれた街の映像が流れ、みおぼえのある街の変わりように驚きました。
街の中心部は浸水し随分被害があったようです。

この時は我が家の近くの川が氾濫し、街で一番低い位置にある我が家の通りに水が集中し、膝まで水に浸かりながら避難して、数日間近くの街に住むいとこの家にお世話になる羽目に。
アパートの地上階に住んでいるので玄関ドア数センチの高さまで水が来たけど、幸いにもぎりぎり浸水はしませんでした。

川がある街は素敵だなと思うけど、自然は恐ろしい。
熊本地震に続いて洪水、今年の我が家はなかなか....、ロトを買ったら当たるかも?







パリからだと車で1時間ちょっと。
フォンテーヌブローの森の東に位置している小さな古い街、2時間もあれば街をぐるりとできるので、バルビゾンやフォンテーヌブロー見学と合わせてもいいかも。





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モレ・シュル・ロワンの北西にあるサン・マメの街でセーヌ川に合流するロワン川。
ロワン川沿いに面して家が立ち並び、素敵な街だなと思ったサン・マメの街も洪水の時には泥水に浸って悲惨な様子だった。






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街の西側にあるブルゴーニュ門を通り、旧市街地へ入ります。
(電車で来る場合は、東側のサモワ門の向こうに駅がある。パリ・リヨン駅から Montargis行きMoret Veneux-les-Sablons駅下車)

門は2車線の幅はないので、右車線のみ橋の途中に信号機がある。
歩いて橋を通った時に信号の存在に気付き、あれ?さっき車で通った時、もしかして信号無視したかも?と夫は焦っておりました。
景観重視の為か、地面に白線も引いてないし、まさか橋の半ばに信号機があるなんて初めての訪問者は本当に気付かないと思う。





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街の中心部の広場に面した市庁舎(三色旗が掲げてある建物)。

その右隣の木組みの家は、この街で生涯を閉じたイギリス人の印象派画家、アルフレッド・シスレー(1839~1899)の生涯を知ることが出来る小冊子などが置かれたギャラリー。
と、同時に1815年ナポレオン1世がエルバ島からパリに行く途中で立ち寄ったというプレートも掲げられている。





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市庁舎の斜め向かいの木組みの家が大きくて圧巻でした。

私達が到着したのは土曜の正午。
レストラン以外の店は昼休みの為閉まっており、すれ違う人もまばらで静かでした。





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市庁舎の裏に、「フランソワ1世のファサード」というレリーフが素晴らしい回廊が残されている。

1527年にニコラ・シャブイエ Nicola Chabouilléというフランソワ1世の財務官が建てた。





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フランソワ1世の紋章、サラマンドル(火オオトカゲ)のレリーフ。




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ファサードの右部分は、左からアンリ2世(フランソワ1世の次男)、ディアヌ・ド・ポワティエ(アンリ2世の愛人)、フランソワ1世。
アンリ2世の妻、カトリーヌ・ド・メディシスのレリーフが他のどこにもないことに驚き。
アンリ2世が生きていた間は、それだけ愛人ディアヌの権力が大きかったということでしょうか。





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シスレーが12回も描いたというノートルダム・ド・モレ(モレ大聖堂)。
12~15世紀のロマネスク様式とゴシック様式の聖堂。
堂々としていて威厳があります。





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聖堂の裏側。
傍には、モレの名物、Sucre d'orge 大麦糖キャンディーを売る店がある。
この街で一番古い家で、1638年というプレートがあり、当時から修道女たちがここでキャンディーを作っていた。
 




La Maison du Sucre d’orge
Place Royale 01.6070.2453
月~土 9h30-12h30/15h-19h30
日10h-12h30/15h-19h





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路地裏からも聖堂を見てみる。
左側の赤いドアはシスレーが亡くなった家。





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このどっしりした建物はドンジョン(le donjon 城塞の塔)。
たいていドンジョンは監獄として使われていて、ここにはあのニコラ・フーケが収監されていたそうだ。

こんな小さな街なのに、フランソワ1世に、ナポレオン1世にニコラ・フーケ、歴史好きにはたまらなく魅力的な街。





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散歩道になっている河べりがとっても良い所。

シスレーが描いた水車小屋。
画家と同じ目線で風景が楽しめる。





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堰の近くは轟々と水量豊富。

洪水の時は、写真右の茶色い橋が水にのまれそうな映像がテレビで流れていました。
普段からこれだけの水量だったら洪水の時はさもありなん。





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水車小屋の中にはピクニックテーブルが置いてあったので、壮大な水の音を聞きながらのピクニックも良さそうです。





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数日前、郵便受けに入っていた77県の情報誌の写真。
洪水による被害状況をお知らせする特別号、ピクニックに良さそうと思った水車小屋がこんなことに!

★モレ・シュル・ロワンの観光サイト
http://www.ville-moret-sur-loing.com

★観光案内所はサモワ門のすぐそばに。
4 bis place de Samois
77250 Moret-sur-Loing 01.6070.4166
月10h-17h、火~日10h-18h
平日12h-13h30は昼休み
http://www.msl-tourisme.fr/


帰る途中でエマユス・ブリーに寄ってみました。
続きは長くなるので次回に・・・。

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Meaux散策

パリ近郊、ブリー・ド・モーで有名なモーの街を散策。






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北東部の旅の前、4月下旬に散策したのだけど、ここはマリー・アントワネットにも関係があるので続きということで...





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車を停めた街の有料駐車場は、3世紀(250~300年頃)のガロ・ロマン時代の城壁に沿っている。
この傍に観光案内所があって、地図など貰えます。

★モー観光局
1 place Doumer 77100 Meaux
http://www.tourisme-paysdemeaux.fr/





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城壁の内側はボシュエ庭園が広がっている。
奥の建物、ボシュエ美術館(Musée Bossuet)は12世紀に建てられた司教館(Palais épiscopal)だった。
ボシュエとは1681年、モーの司教に任命されたルイ14世の宮廷説教師。

ルイ16世とマリー・アントワネット一家が、1791年6月20日にパリのチュイルリー宮殿から逃亡した「ヴァレンヌ逃亡事件」、21日にヴァレンヌで逮捕されパリに連れ戻される際、22日はシャロン・オン・シャンパーニュ泊、23日はエペルネー(数年前に行ったので今回はパスした)泊、24日夜モーに到着、この司教館で夜食を取って宿泊し、翌25日朝6時半パリに出発している。

(建物のレンガ部分の裏は管理人の家。その横に公衆トイレあり。)







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チューリップが咲き並ぶ均等の取れた庭は、ヴェルサイユやヴォー・ル・ヴィコント城の庭で有名なアンドレ・ル・ノートルによって1642年に設計された。
チューリップの間にはバラも植えられていたので、今頃はもっと素敵な庭園が見れていると思う。






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古井戸や古い像が残っていたり、ベンチもたくさんあってのんびりできる所。






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司教館の回廊をくぐって庭から尖塔だけ見えたサン・テティエンヌ大聖堂の方へ


Cour de l'évêche 司教の中庭と呼ばれる司教館と大聖堂と参事会の中庭は、スペクタクルがあるらしく階段上の観客席の設置中で機材やトラックで景観台無しでしたが、こんなところで見る劇は格別なんでしょうね。





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同じ中庭にある13世紀の Vieux chapitre 旧教会参事会。
外階段は15世紀に作られたが、建物全体かなり傷んでいて、多くの歴史的建造物同様1840年にメリメによって注目され、その後ヴィオレ・ル・デュックの修復案に基づき、1930年代に修復工事が行われた。

大聖堂と参事会と司教館がきちんと残っているなんて珍しいんじゃないかな。





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中庭を出て外の通りから。
大聖堂と参事会は古い渡り廊下で繋がれています。
法服の参事官が歩いたんだろうなと想像してみる。





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古い建物が並ぶ路地裏から見る参事会の塔も良い雰囲気。





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外の通りから大聖堂を眺めてみると、かなりの大きさで驚く。
塔の高さは80メートル。
あちこち修復中で網がかぶせてある。





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1175年に建設が始まったゴシック建築のこの大聖堂、英仏100年戦争があり、街は英国軍に占拠されたりと紆余曲折を経て1540年にやっと完成した。





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大聖堂の横の通りは、街のメインストリート。





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ちょうど正午頃だったのでほとんどの店は昼休み中。
レストランやカフェ、数件の服屋くらいしか開いていませんでしたが、結構たくさんお店があって住むのも便利そう。

モーではしょっちゅうブロカントが開催されているので、行きたいとずっと思っているのだけどなかなか行く機会がない、今年は是非どんなブロカントか行ってみたいものです。

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フランス北東部の旅⑧Châlons-en-Champagne

バル・ル・デュックから家までの帰路の途中にちょっとだけ寄ったのは、シャロン・オン・シャンパーニュ(1998年にシャロン・シュル・マルヌ Châlons-sur-Marneから改名)の街。






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1770年ウィーンからフランスに輿入れするマリー・アントワネットの為に、1769年に建造された「皇太子妃の門 La Porte Dauphine」。
現在の名前は「聖十字門 La porte Sainte-Croix」




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戦勝記念の装飾。

Porte Sainte Croix
rue Carnot
51000 CHALONS-EN-CHAMPAGNE




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裏側は装飾なし。





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門の先、左手に重厚な建物、マルヌ県の県庁 (la Préfecture de la Marne et de la Région Champagne-Ardenne)
があります。




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裏手から見た県庁、表の重厚さとはがらりと代わり優雅な館の印象。
「アントンダン館 (Hôtel des intendants) 」と呼ばれた迎賓館的存在で、1770年5月11日マリー・アントワネットが輿入れの際に宿泊し、ここからコンピエーニュの森→ヴェルサイユ宮殿へと向かった。

Hôtel des intendants de champagne
rue carnot
51000 CHALONS-EN-CHAMPAGNE




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「Chambre de Sadi Carnot(サディ・カルノ) サディ・カルノの寝室」に宿泊。
そして、ヴァレンヌ逃亡事件後パリに帰還する際(1791年6月22日)にも、皇太子妃の門をくぐり、もう一度ここに宿泊している。
1度目は民衆に大歓迎されて、2度目は夏日に汗と埃にまみれ罵倒されながら・・・・。





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館のそばにはモウ川(Le Mau)が流れており、船で観光 (Balades en Barque Chalons-en-Champagne)できる。

ガイド付きで、「マリー・アントワネットの足跡 les traces de Marie-Antoinette」という、このアントンダン館内と聖十字門の上に登れるツアーがある。
いずれも観光案内所で要予約。(電話 03 26 65 17 89)
今回は時間がなかったので、次回、いつかこのツアーに参加して、もっとシャロンの街をゆっくり見たい。





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県庁の横、モウ川沿いに建つ「サント・マリー修道院 Couvent Sainte-Marie」
シャンパーニュ地方特有のレンガと白亜と石の組み方が美しい。

rue de Jessaint
51000 CHALONS-EN-CHAMPAGNE




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中庭から見た修道院のファサード。
現在は県の機関が置かれている。
この辺り一帯は県庁や市役所などの官公庁街になっているようだ。





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県庁と同じ通りにはブルジョワジーな邸宅が並んでいます。





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その先の中心部に近づくと、木組みの家も。 
大聖堂もあるけど見る時間がありませんでした。

★シャロン・オン・シャンパーニュ観光局
Tel: 03 26 65 17 89
3 Quai des Arts
51000 Châlons-en-Champagne
http://www.chalons-tourisme.com/






水曜の午後からの3泊4日、今回もまたあちこち700㎞ほど走りました。
実はあと3つ城を見学する予定だったけどスムーズに行きませんでした、いつものごとく詰め込み過ぎな旅でしたが、マリー・アントワネットの足跡も駆け足だったけど辿れたし、後はいつかお輿入れの際にドイツで宿泊した12の街を辿りたいと夢見ている。

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