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Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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北フランス大聖堂巡り⑦廃墟のウールスカンフ大修道院教会とメンヌシェ城

ノワイヨンの近く、帰りがけに寄ったのはChiry-Ourscamp (シリー・ウールスカンフ)の街。



グーグルマップを眺めていた時に偶然見つけた廃墟の大修道院付属の教会(Abbatial)が気になりすぎて寄ってみました。



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ノートルダム・ウールスカンフ大修道院、立派な門の中にあります。
お目当ての廃墟は奥に見える建物の向こう、ここからは見えません。

道路を挟んで向かい側には小さなガラス張りの観光案内所。
シリー・ウールスカンフの街外れの森の中、見どころは大修道院だけなのにえ?なんでこんなところに案内所?って感じで違和感ありまくりな様子で建っています。





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立派な門からは入れなくて、左手にある塀の内側の受付兼ブティック(宗教関係の本やCD、メダイユ、各地の修道院で作られている化粧品やジャムやクッキーなど品揃えが豊富)で入場料を払って、ブティックを通り抜けて敷地内へ入ります。

大人3ユーロ。
何歳から有料か聞かなかったけど子供は無料でした。





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Le logis abbatial

正面向かって左側は現在も僧侶たちが生活している部分。
右側の部分は、内部は荒れるままにほったらかし。
敷地内にはその建物と、廃墟の教会、現在使用されている教会があり、その周りは緑の芝が広がっています。






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裏側から見ると右側は生活感があるけど、左側は廃墟です。

641年にノワイヨンの聖エロワが建てた小礼拝堂跡地に、1129年に修道院が建てられました。
1358年に400人いた僧侶も、1791年には18人だけ、
1792年、最後の僧侶が出た後は1807年まで軍事病院となります。
1812年に買い取った Radix de Sainte-Foix により当時の流行りを取り入れたロマンチックなファサードが作られ城となる。
1823年には国の所有となりフランスでも最も良質なコットンを作る製糸工場となります、第一次世界大戦前には588人の職人が働いていました。






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外から覗くと各部屋はこんな感じで荒れたまま。


第一次世界大戦ではドイツ軍に占領され、1915年2月15日フランス軍の爆撃により製糸工場はあっという間に火に包まれ3日間燃え続け、工場が再稼働することはありませんでした。





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崩れないよう木で補強してあります。

いつの時代の鐘か分からないけどぽつんとあります。
修道院の頃からあったのか、それとも製糸工場となった時に従業員に始業や終業の時間を教えるために鐘をついていたのかな、なんて想像しました。





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いかにも城という感じの威厳のあるファサードです。
1935年以来、僧侶が戻ってきて修復し生活しています。

奥に廃墟の教会が見えてきました、ドキドキ…。





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Ruines de l'église abbatiale

廃墟とはいえとても美しく…、廃墟だからこその美しさというか荘厳な感じさえします。
教会が建てられたのは1134年。





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空が抜けて見えて不思議な眺めでした。
ここから似たような写真が続きますが、どこから見ても美しかったのです。

内陣だった部分、13のアーケードで支えられています。





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在りし日のゴシック様式の教会は長さ102メートル、幅24メートル、高さは16メートルだけ。





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資料を読んでいたら、教会はどうも戦争で爆撃にあったのではなく、そばの修道院が燃えているので少しは影響があったとは思うけど、1812年に買い取った Radix de Sainte-Foix なる人が、教会の回廊と身廊をロマンティックな廃墟に改造するために壊した・・・、と書いてありました。

え?わざと壊した?





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理解に苦しみますが、確かに素敵です、どうりで綺麗な形で残っているわけです。





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「落石注意」の看板がありましたが、確かに今にも崩れ落ちてきそうです。





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3層構造の身廊と側廊。





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奥に見えるのは翼廊の残り。





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1223年に内陣は拡張され、立面は2層構造になり、5つの礼拝堂が置かれた。





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ほんのちょっと見る角度を変えただけで全く違う姿に見える。





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廃墟から見た大修道院。





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L'infirmerie

「死者の間 salle des morts」と呼ばれた医務室だった1220年建造の建物、現在は教会となっています。
修復工事中で職人さんの出入りがあったので中までは見ませんでした。
祭壇にはルーベンスの弟子の絵が飾られているそうです。


Abbaye Notre Dame d'Ourscamp
1 Place Saint Eloi
60138 CHIRY-OURSCAMP
火曜~日曜 9時~12時/14時~18時
月曜 閉館

入場料 3ユーロ









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修道院に行く途中に高台の方に見えた城、近くに行ったらなんとこんな美しく不気味な廃墟のメンヌシェ城がありました。

外枠だけ残っていて、中はがらんとしている。






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美術収集家 Alphonse Mennechet de Barival (1812~1903)が1881年に城と2つの屋敷を建てました。
奥さんは、同じく美術収集家の叔父(パリのドルオー競売所設立者の一人)の娘 、Henriette Caroline Paillet (1815-1861)でいとこにあたります。
ブーシェやモーリス・カンタン・ドゥ・ラ・トゥールなどの絵画、彫刻、磁器を所有しており、城を美術品を展示するためのギャラリー(Le Château Musée)としようとしていましたが、1903年に亡くなり、美術館落成は実現しませんでした。
生活の場は2つの屋敷。

1861年に奥さんは亡くなっていたため、直接の相続人がおらず甥が相続。
遺言書には生まれ故郷であるサン・カンタン(ノワイヨンの北東)にある Musée Antoine-Lécuyerに美術品を寄贈するようにとありましたが、浪費家の甥のせいで寄贈されたのは69点の絵画のみ。
あとは売却してしまったのでしょう、城のギャラリーに窓がないことから相続税を払うのも嫌がったのだとか。
1799年に税収を増やす為「戸・窓税」がつくられ、明かりの入る窓と戸に税金が掛けられるようになった。






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アンリ2世様式の城はこんなに美しい姿だった。
第一次世界大戦ではウールスカンフ大修道院同様爆撃されました。
修復されることなく、第二次世界大戦でも更に爆撃されすっかり廃墟に。

2009年に買い取った人が生い茂った蔦を取り払い、石を洗い、芝を刈って今の状態に整えた。

Château Mennechet
Rue du Château
60138 Chiry-Ourscamp
(私有物なので敷地内に入る事はできません、道路から柵越しに眺めるだけです)





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道路沿いには厩舎だった建物の一部が残っている。

亡くなった奥さんのために城のもっと上の高台には「 la "Folie Mennechet" メンヌシェの狂気」と呼ばれた装飾過多な高さ42メートルの塔を建てましたが、それも空襲で破壊されてしまいました。

当主の夢は叶わなかったけれど、もし美術品が売却されたり寄贈されたりせずに城のギャラリーに飾ってあって灰になっていたかもと思うとその点は不幸中の幸いでした。

城の当主と全く関係のない人間が、後世の平和な時代に眺めるから廃墟は美しいのであって、空襲後の瓦礫と化した城や街を目の当たりにした人にとっては絶望しかなかったかもしれません。

寄贈先のサン・カンタンの美術館も第一次世界大戦では建物の大部分が破壊されたようですが、美術品は疎開させて無事だったよう。
モーリス・カンタン・ドゥ・ラ・トゥール (Maurice Quentin de La Tour) の生まれ故郷で、彼の所蔵品も多く、誰の作品だったかマリー・アントワネットの肖像画もあったし調べていたらとても行きたくなってきました。
うちにはモーリス・カンタン・ドゥ・ラ・トゥールの「ポンパドゥール公爵夫人」の複製があるので興味があります。

Musée Antoine-Lécuyer
28 Rue Antoine Lécuyer
02100 Saint-Quentin

月曜休館
火、木、金、日 14時~18時
水、土 10時30分~12時30分 / 14時~18時





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先の2つの大きな大戦で激戦地となった北フランス、銃弾の痕が建物に残り、街や建造物は焼けても時代に沿った技術で再建され、または廃墟として残され眺めることができます。
パリのノートルダム大聖堂の火災は旅行の一週間前のことだったので、それも合わせて考えることの多い旅となりました。

旅行の準備をするまでは知らなかったノワイヨンもウールスカンフも想像以上に見応えがありました。


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北フランス大聖堂巡り⑥ノワイヨン大聖堂

この旅のいちばんの目的地、Noyon(ノワイヨン)。




4月はじめにテレビでフランスの大聖堂に関するルポルタージュをやっていて、北フランスで最初に建てられたゴシック様式の大聖堂がノワイヨンのものだと言っていた。

それまで「ノワイヨンの大聖堂」なんて聞いたこともなかったので、これは見に行きたいとこの旅の計画を立てるきっかけになりました。






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午前中は朝市が開催されていた噴水がある広場 (Place du marché) に車を停めました。

綺麗な噴水だなと思って写真を撮ったのだけど、家に帰ってから観光案内所でもらった資料をじっくり読んでいたら、なんとフランス皇太子、後のルイ16世とマリー・アントワネットの結婚を祝って1770年に作られた「La fontaine du dauphin 皇太子の噴水」と書いてあって愕然。
噴水、そんなに興味ないなと近寄って見なかったのを大いに後悔しました。





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写真を拡大すると記念碑の中央に2人の顔が彫られているのが見える。

しかも地図が読めない私に代わり地図や資料に目を通して道案内する役の夫が、「あれはdauphinの噴水だって。ドーファンってイルカかな、なんでこんな所にイルカなんだろ、皇太子のことかな」とブツブツ言っていたのを聞いている。

夫が案内所でさっと取ってきたパンフレットは英語版で、それにはルイ16世の名前も、マリー・アントワネットの名前も記載されていなかったのが致命傷。
私が家で読んだフランス語版にはちゃんと書いてありました。

マリー・アントワネットに関するものがこの地にあるとは思ってもみませんでした。
不幸中の幸いは、顔の彫刻がある面を写真に収めていたことでした。

ノワイヨンの近くにはマリー・アントワネットがウィーンからフランスにお輿入れした際に宿泊した街ソワッソン(Soisson)も、皇太子と初顔合わせをしたコンピエーニュ( Compiègne)もある。
ノワイヨンはお輿入れのルートではないけど歓迎のために何かするようにとのお達しがあったのかもしれないし、街が自発的に記念碑を建てたのかもしれない。





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噴水広場に面したところにあるのは市庁舎。

左手に観光案内所があるのでここで地図や資料を入手。

Office de tourisme du Pays noyonnais en vallées de l'Oise
place Bertrand Labarre, Place de l'Hôtel de ville
60400 Noyon

市庁舎の扉を通り抜けると大きな桜の木がある公園になっています。
桜の花びらが地面に散って積もって一面ピンクで綺麗でした。
ここに公衆トイレがありました、子連れなのでいつもこの点はチェックします。





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垂直な平面で質素な印象の初期ゴシック様式、1145年建造のノワイヨンのノートルダム大聖堂。





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中に入る前に外を一回り、奥に見える廃墟が気になったのです。





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大聖堂の南側には司教館だった建物が一部残っていてノワイヨン美術館となってる。
(美術館をちょっと覗いてみたら、所蔵品の多くが修復中で大して見るものがないと受付の方がおっしゃるのでそのままあとにしました。)

この廃墟は12世紀の司教館の礼拝堂だった。
第一次世界大戦の被害でこんな姿になってしまった。
とはいえ一応落石防止の工事が90年代に、積まれた石の接着補強が2010年に行われている。

右手に見える大聖堂の壁にも砲弾の跡が見える。

第一次世界大戦時、ドイツ軍の空襲により街の80パーセントが壊されたそうで、空襲後住める状態の家は23軒しか残っていなかったそうだ。





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大聖堂に隣接している木組みの建物は、16世紀の教会参事会図書館。





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資料に載っていた爆撃後の写真を見ると大聖堂の南側、ノワイヨン美術館のある辺りは本当にもう壊滅状態と言っていいくらい破壊されていたので、図書館は残っていて良かった。





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図書館は大聖堂と並んで見どころのひとつです。





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ノワイヨンの街は中世においてはとても重要視されていて、この街で768年にシャルルマーニュが王位に就き、987年にはカペー王朝の始祖ユーグ・カペーがフランス国王に戴冠した。





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正面に戻ってきました。

いちばん最初の大聖堂は676年の街の火災で焼失。
859年ノルマン人の襲来、その後再建された年は定かではなく932年の書物には現在地に建っていると記載。
1131年に火災でまた焼失。
1145年建造開始。
1293年、また火災、特に西側の被害が大きく、その際再建された左側の北塔(66メートル)は南塔より少し複雑な装飾となっている。
ぱっと見わからない程度に南塔は、北塔より低い。

12世紀後期の状態を比較的良く保存しているけど、フランス革命でも、第一次世界大戦でも被害に遭い、1938年に20年掛かって工事終了、現在の姿となる。

いつも思うのですが、火災や戦争で壊れた後、再建の際に残った塔の高さに合わせようとか、同じ装飾にしようとか思わなかったのでしょうか?
装飾は再建当時の流行を取り入れて、というのはまだ分かるけど、高さくらい統一しようよと思ってしまいます。

パリのノートルダムのデザイン公募では斬新なのが出ていますが、外観は今まで通りで、内部の梁は樫の木の調達に期間も資金も相当かかるようなので外からは見えないし防火対策がしっかりした現代的な資材で良いのではないかと・・・、ノワイヨンの大聖堂を見てそう思いました。






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近づいてみると今まで見てきた大聖堂とちょっと様子が違って、アーケードみたいな造りになっています。





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タンパンは修復工事中で、代わりに板が嵌め込まれようとしているところでした。





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大聖堂や美術館の所蔵品などの多くが修復中で、修復が終わった彫像や絵画の一部は修復前、修復後の様子がわかる写真とともに街の図書館などが入っている施設で展示中でした。
この施設内にもトイレがあって使用可能です。

Galerie du chevalet
6 place Aristide briand
60400 Noyon





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身廊の高さは約23メートル。

身廊立面は4層構造で初期ゴシック(パリのノートルダムと同じ構造、シャルトルは3層)の特徴が見られる。





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側廊礼拝堂の天井の彫刻がとっても複雑であまりの綺麗さにため息が出ました。





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南北の翼廊 (Transept) が変わっていて、大抵バラ窓があるはずなんだけど、ここは半円形の壁面になっています。
西側にもバラ窓はありません。





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Vie de Saint Pantaléon (13° siècle)

第一次世界大戦で被害を受けた影響か古いステンドグラスはあまり残っていません。
これは聖パンテレイモンの一生が描かれた13世紀のステンドグラス。





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内陣から見た西側、パイプオルガンがあります。
内陣は、ノワイヨンと同じ1145年に建造が始まったパリのサン・ジェルマン・デプレ教会とほぼ同じ作りだそう。





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Châsse de saint Éloi

聖エロワの不朽体が入っている聖遺物箱。
聖エロワは588年生まれのノワイヨン司教。





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1991年の修復工事の際に発見されたという16世紀のフレスコ画。

左上に「キリストの復活」
中央には「キリストとマグダラのマリア」が描かれている。





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フレスコ画のそばの柱も彩色されています。

アミアンの大聖堂同様、すべての柱はこんな風に彩られていたのでしょうか。
薄暗いイメージの大聖堂の内部だけど、昔々は柱や彫像は彩色されていて、昼間にはステンドグラスを通して光が入り色とりどりの明るい場所だったのかなと想像します。





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壁に嵌め込まれて展示されている墓の石板、1648年作成の物。

石板の横のドアに「Cloître 回廊」と書かれた紙が貼ってあったので、恐る恐る開けてみたら・・・・、





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明るい光が一気に差し込んできての、この光景、13世紀の回廊です、美しかった。





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修道院や大聖堂における回廊は、修道士が人の世と断絶し神に許しを請う場所、と意味づけられています。
もちろん通路としての役割もあります。





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18世紀の井戸がある中庭から見る双塔と回廊。
ここから見る塔も回廊も美しい。





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回廊の壁にあったちょっとユーモラスな感じもする骸骨が描かれた石板。





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ジャン・カルヴァンの家がある広場から見る大聖堂。





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この木組みの家は、宗教改革者ジャン・カルヴァン( Jean Calvin 1509 - 1564 )の生家。
と言っても1930年頃に建て直されたもの。
(美術館になっていて、ノワイヨン美術館との共通チケットがあります。)

カルヴァンって、スイスで活躍したのでスイス人だと思っていたら、この街で生まれ、パリで学び、スイスに亡命したんだそうです。

Musée Jean Calvin
6 Place Aristide Briand
60400 Noyon
(火)~(日)10時~12時/14時~18時
(月)休館

ノワイヨン、大聖堂とその回廊、図書館素晴らしかったです。
大聖堂と街をちょっと歩くだけなので2時間もあれば十分。
「皇太子の噴水」が心残りだし、この辺りはソワッソンとかランとかも素晴らしい大聖堂があって、3年前訪れてとても良かったので合わせてまた行きたい。

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北フランス大聖堂巡り⑤ボーヴェ散策 

ボーヴェ大聖堂を出て街歩き。

大聖堂近くの観光案内所で地図を貰った時に、中世の木組みの家が立ち並ぶ通りがあるという聞いたので地図を片手に散策です。



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大聖堂の北西側の通り。





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空の石棺が並ぶ庭があるのはオワーズ美術館。

MUDO - Musée de l'Oise
1 Rue du Musée
60000 Beauvais

(水)~(月) 11時~18時
(火)休館
入場無料

庭園の奥は司教館だった後期ゴシック様式の建物。





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大聖堂の北側の敷地内にぽつんと立っている15世紀の木組みの家。





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ボーヴェで最も古い家で大聖堂のそばに移築されたもの。





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大聖堂の裏手には木組みの家が並んでいます。





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静かな通りだけど、古い家が並び生活感があります。





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大聖堂の北側~東側はガロ・ロマン時代の城壁が残っています。






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ジャン・ラシーヌの像が立っているのはそのままジャン・ラシーヌ通り。
ラシーヌはボーヴェの学校で学んだそう。





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1037年に建てられたサン・バルテルミー参事会。
ガロ・ロマン時代の城壁の延長上に建てられている。
第二次世界大戦時の1940年、ドイツ軍の爆撃によりこれだけしか残っていない。

Ancienne Collégiale Saint-Barthélemy
17-11 Place Saint-Barthélémy   60000 Beauvais
(道路を隔てた向かい側に観光案内所)





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木組みの家が並ぶ長さ600メートルの6月27日通り (La rue du 27 Juin )。

水色とサンゴ色の木組みの家が可愛らしいです。





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ジャンヌ・アシェットがブルゴーニュ軍の襲撃を止めたのが1472年6月27日。
ジャンヌの勇気を称えてボーヴェ市内の通りに付けられたのでしょう。
調べたらちゃんと ジャンヌ・アシェット通り(Rue jeanne hachette)もありました。





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1940年の空襲で街の大半が破壊されてしまったそうだけど、この通りには16世紀の家が残り商店街となっています。





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宗教性の高い人物像が彫られています。





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色付きの窓とか、レンガの彫刻とかがいかにも中世らしい。





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近くに大学や学生寮がある為、学生向けの安いファーストフード店があり、学生達で賑わっていました。

このあとはノワイヨンへ向かいます。

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北フランス大聖堂巡り④ボーヴェ大聖堂

アミアンを後にしてオワーズ県ボーヴェへ。




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1225年に建築が始まったサン・ピエール大聖堂。
細いたくさんの尖塔が天を突き、巨大さに圧倒されます。

この大聖堂のことを「大洪水のような壮大さ」と言ったのはロダン。

La Cathédrale Saint-Pierre
Rue Saint-Pierre
60000 Beauvais



左に隣接するように見える二つの塔の建物はオワーズ美術館。





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ゴシック・フランボワイヤン様式の南側が入り口。
西正面は建設されなかった。

1272年に天井の高さ48、5メートルの内陣が完成したが、1284年には一部崩壊。
1374年修復終了。
1569年に高さ153メートルの尖塔が完成するが、1573年に倒壊。
資金難のため身廊は造られずじまい、内陣(13世紀)と翼廊(16世紀)のみの未完の大聖堂です。

この当時、高さを競い合うように各地で大聖堂の建築が始まりました。
パリのノートルダム大聖堂は1163年建築開始で身廊の高さ32メートル、
ランス大聖堂 1211年~、38メートル
アミアン大聖堂 1220年~、 42メートルとだんだん高くなっていっています。
ボーヴェは圧倒的な高さを誇るけどその高さに無理が生じ2度も崩壊してしまった。





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南側ファサード、フランス革命時に略奪されて彫像は台座にありません。





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«Saint Pierre guérissant un boiteux à la porte du Temple» Par Jean Le Pot

南側入り口は1550~1510年建造。
木製の2つの扉は1540年ごろのルネッサンス様式。
一部の人物像の頭部はこれもフランス革命の被害に。





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中に入ると、身廊がないのでなんだか変な感じです。

崩壊の危機があるので木で補強されています。





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西側のバラ窓。





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48,5メートル、高さでは世界一、未完成だけど。





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1868年にボーヴェの技術者によって製作された12メートルの高さがある天文時計 ( l'horloge astronomique d'Auguste-Lucien)。
9万個の部品が使われていて、52の文字盤があるそう。

ガイド付きスペクタクル
10時30分、11時30分、14時30分、15時30分、16時30分
(4月から9月は上記の時間+12時30分、13時30分)
25歳以下 3ユーロ / 大人 5ユーロ





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柱の根元は掘り返されて補強の木で支えられています。

現在の技術で精いっぱいの安全装備はしてあるのだろうけど、中で働いている人たち(メダイユとか売ってる売店など)はいつ崩壊してもおかしくないと言われている大聖堂で働いていて怖くないのだろうか?
とりあえずここ数百年大丈夫だったから、まだ大丈夫って感覚なのでしょうか?





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かなり頑丈に補強してあるとはいえ、何万トンもの石が崩落しだしたらこんな木の支えはあっという間に崩れそうです。






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壁の彩色が美しい。





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la chapelle des Fonts baptismaux

左側のうっすら残っている人物像は14世紀のフレスコ画。






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工事現場みたいにつっかえ棒だらけになっています。





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Jeanne Hachette sur les remparts de Beauvais en 1472 Par Alexandre Grellet(1835-1918)

ジャンヌ・アシェットが描かれている祭壇 (la chapelle Sainte-Angadrême ) 。

色鮮やかで真新しいと思っていたら2013年に修復されたばかりなのでした。

1472年ブルゴーニュ公シャルルの軍に包囲されたボーヴェで、ジャンヌ・レスネ(通称 ジャンヌ・アシェット 手斧のジャンヌ)という少女が斧を持ってブルゴーニュ兵に立ち向かい、その勇気に感嘆したボーヴェ市民はブルゴーニュ軍を撤退させることに成功した。
ボーヴェの英雄なのですね。





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本来なら正面ファサードがあるはずの西側。

ぶちっと切れて教会 (L'église Notre-Dame-de-la-Basse-Œuvre de Beauvais )が張り付いていてなんだか不格好。
元々は10世紀に建っていたこの教会の火災後に大聖堂の建設が始まった。





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教会の回廊の建物が大聖堂を取り巻いていて、鳥瞰図で見た中世のパリのノートルダム大聖堂が町家に囲まれてごちゃごちゃしているのを連想させました。





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大聖堂北側。
1530年制作の扉の上には「エッサイの木」と言われている彫刻。

身廊がない巨大な大聖堂、崩壊前に見ておきたいという願いが叶いました。
そうそうすぐに崩れることはないのでしょうけど、行ける時に行っておかないとパリのノートルダム大聖堂のような予想外の大惨事もあるので・・・。

この後はボーヴェの街歩きです。


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北フランス大聖堂巡り③アミアン サン・ルー地区散策

アミアン大聖堂の北側の地区、ソンム川沿いのサン・ルー(St-Leu)地区を散策。

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大聖堂の後ろの通り (Rue de Metz-l'Evèque ) を北に下って行くと良い感じ。





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カラフルな可愛い家が並んでいるのは Rue de la Barette。





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水路に張り出た螺旋階段のある家、川沿いの家はやっぱり良い雰囲気です。

今住んでいるアパートがここ数年何度も洪水の被害に遭っているので、川の近くに住むのはこりごりなのですが見る分には好きです。





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カフェや雑貨屋などがぎっしりと立ち並んでいる可愛い通りですが、よくよく見ると営業してなくて空き店舗が多そうな感じでした。

良い感じの路地が多いので橋を何度も渡って行ったり来たりして、この辺りをくまなく歩いてみました。





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上記の写真の左側の建物の裏側はこんな感じ。
通りと建物の間に橋が架かっています。





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昔行ったベルギーのブリュージュを思い出させるような雰囲気 ( Rue du Don )。





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この辺りもベルギーっぽいと思って立ち並ぶカフェを眺めていたら、そのうちの一軒の店名が「Manneken Pis 小便小僧」でした。





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ソンム川に架かる橋の上から見る大聖堂。






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川沿いにはレストランが立ち並び、テラスが張り出して活気があります。
半袖で大丈夫なくらい暑い日だったので、どこもレストランのテラスは満席状態。





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レストランに行く前に付近を一回り。

昔は皮なめしの作業をこの辺りでやっていたそうです。
ルイ16世はアミアンのことを「北のプチ・ヴェニス」と言ったそうだけど、ルイ16世ってヴェニスに行ったことあるんだっけ?絵で見たのでしょうか?





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いくつにも枝分かれしたソンム川の水路には橋が架かり、柳、レンガの家々、どこを撮っても絵になります。(Rue Motte)





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Rue Motte

振り返ってみると向こうの方にアミアン駅の向かいに1948年に建てられたオーギュスト・ペレ設計の「ペレ塔」が見える。
第二次世界大戦で街の大半が破壊された後、復興のシンボルとして建てられたものだけど、なんだか暗い印象で不気味な感じがします。






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人で賑わっているレストランの通りからすぐなのにこの通り Rue Gaudissart は静かです。





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車通りの多い環状線 (Bd du Cange)を渡り、橋も渡ると大きな公園沿いに遊歩道がある。
この辺りの湿地帯で採れる野菜がアミアン名物で、湿地帯巡りの船も出ています。

ここからも高いペレ塔が見えます。
帰りにペレ塔の横を車で通ったけど、窓には雨戸もついていて普通のアパルトマンになっているようでした。
一部はホテルになっています。
アミアンで宿泊するホテルを探している時に偶然見つけ、泊れるんだ!と驚きました。
19階にある120平方メートルのアパルトマン、「Le 360° TOUR PERRET Panoramique LUXE 19E étage」 、4つ星。
https://www.booking.com/





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ソンム川沿いに戻ってきました、向こうに見えるのはサン・ルー教会。






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この中のレストランで昼食。
張り出されたメニューを見ながら2往復ほどして決定。
どこも似たようなメニューと料金設定。






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「La Bistouille」というレストランにしました。

61 Quai Belu
80000 Amiens





st leu

前菜にはピカルディー地方の名物、フィセル・ピカルド(ficelle picarde)を。
マッシュルームとハムのホワイトソース煮をソバ粉のガレットで包み、チーズとサワークリームをかけて焼いたグラタン。
サワークリームなので少し酸味がありさっぱりとして重くない。

メインにはサーモンを選んだのだけどソースがいまいち、付け合わせのベトラーヴ(ビーツ)のリゾットもいまいちで、子供メニューのハンバーガーとフリットの方が美味しかったので、フリットが付いている肉系にすれば良かったと後悔しました。





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ここのトイレの洗面台がブリキのたらいを張り付けてあって可愛かった、良いアイデアです。


この後はボーヴェの大聖堂へ。

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北フランス大聖堂巡り②アミアン大聖堂



ブロカントの後は世界遺産アミアン大聖堂を目指し街の中心部へ。
大聖堂隣りの観光案内所に寄り地図を貰います。

Office de Tourisme d'Amiens Métropole
23 Place Notre Dame
80000 Amiens
http://www.amiens-tourisme.com
(月)~(土) 9時30分~18時
(日) 10時~12時 / 14時~17時





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1137年にロマネスク式の大聖堂が火事で焼失した後、1220年に建設が始まり1288年に完成したゴシック大聖堂で身廊 (nef) の高さ42、3メートル。
(残念なことになってしまいましたがパリのノートルダム大聖堂は32メートルでした)
奥行き145メートル、内部の空間のボリュームはパリのより2倍大きい。

向かって左の北塔は1404年完成で68,2メートル、1366年完成の南塔は61,7メートル。


アミアン・ノートルダム大聖堂
Cathédrale Notre-Dame d'Amiens
30 Place Notre Dame
80000 Amiens






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彫像がたくさん。
4000体ほど彫られているそう。

19世紀になってヴィオレ・ル・デュックがファサードの像やガーゴイルなどの修復に携わった。





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西正面ファサード中央扉「最後の審判」

イル・ド・フランスの有名どころの大聖堂はほとんど見たけど、圧倒的にここのファサードは美しく立派でした。
この日はアミアンに泊ったので、翌朝も見に行きました、感動的に美しかった。
6月からは夜にプロジェクション・マッピングで彩色された彫像群が映し出されるそう、映像を見たけど実際に見てみたいものです。
元々彫像群は彩色されていたんだそう、彩色されてなくても美しいのに彩色されたものは想像を超える美しさなんだろうと思う。





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ランス大聖堂の有名な微笑の天使みたいな聖人像がありました。





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身廊の高さ42、3メートル、高い!

パリ北郊外のサン・ドニ大聖堂に影響を受けて、当時大聖堂の建築がブームだったそう。
どの街も高さを競い合うように建設を始め、高さを求めるがゆえに構造的、技術的な欠陥から崩壊しては再建築を繰り返す大聖堂も。
アミアンの大聖堂も十字に交差するアーチ部分に亀裂が確認されているそうで崩壊の危機があるのだとか。
1258年には祭壇部分が火事で焼け、1528年には尖塔が火事・・・。
現在の112,7メートルある尖塔は1529年~1533年に掛けて作られた木製の尖塔で鉛でコーティングしてあります。
大聖堂の尖塔としてはフランス最古。






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身廊の西側、バラ窓と15世紀のパイプオルガン。
フランボワイヤン様式のバラ窓、美しいです。





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3層構造の身廊と側廊





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外も素晴らしいけど、内部も見るべきものが多くて素晴らしかった。
ラビリンスの床





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1472年にアミアンで亡くなったFerry de Beauvoir司教の弔いのためのモニュメント「アミアン初代司教・聖フィルマンの生涯」、1495年制作。
レースのような彫刻と彩色が美しい。





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右側に描かれている天使のフラスコ画





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悩ましい様子の「嘆きの天使像」





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嘆きの天使像の向かい側、後陣にある聖母の祭室のステンドグラス





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「洗礼者ヨハネの生涯」
右から二番目「キリストの洗礼」





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「洗礼者ヨハネの処刑」






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この大聖堂にはヨハネの頭骸骨とされるものが保管されていて、今年は6/24(洗礼者ヨハネの祭日)、8/29、12/17、2020年2/2に公開予定だそう。
第4回十字軍がコンスタンティノープルを占領した際に略奪したものらしい。

第4回十字軍は、1204年4月13日にコンスタンティノープルを占領し、教会の聖遺物を持ち去った、とされているのでこの時に持ち出されたもののひとつだったのかもしれない。





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南側の扉口には金色の聖母マリア像





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北側
公園 ( Parc de l'évêché ) が広がっていて気持ちの良い所でした。





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大聖堂の後ろ姿






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大聖堂を出て、斜め前にあるカフェテリアを併設したお土産屋さん「Les specialites regionales」に寄ります。

アミアン名物「マカロン・ダミアン (アミアンのマカロン)」が目的。
「Jean Trogneux」のマカロンやチョコレートが置いてあります。

Les specialites regionales
Parvis de la cathédrale
80000 Amiens
営業(月)~(土) 10時~19時
(日) 10時15分~12時15分 / 14時15分~18時






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マカロン・ダミアン 12個入り 9、90€ (バラ売り 1個 0,95€)
ミルクチョコレートのタブレット 3,50€を買ってみました。

マカロンは16世紀にイタリアからカトリーヌ・ド・メディシスがレシピをもたらし、Jean Trogneuxでは1872年創業以来変わらぬレシピで作り続けているそう。

材料はアーモンド粉、はちみつ、砂糖、卵白、甘いアーモンドオイルと苦いアーモンドオイルのみ。
外はざっくり、噛むとねちっとしています。

元々アーモンド粉の風味が苦手なので、ダイレクトにアーモンドの風味が感じられるこのマカロンは私には1個で十分でしたが、子供たちや夫は美味しい、好きと言って大聖堂前のベンチに座ってあっという間に12個完食してしまいました。
チョコレートも美味しかった。





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大聖堂からほんのちょっと離れた商店街に「Jean Trogneux」の本店があります。
1872年創業で、現在6代目。
皆さん名前にJean がつくようです、Jean Baptiste とかJean Georges、 Jean Claudeなど。
5代目が2018年にお亡くなりになったばかりらしく、5が消されて大きく6代目と書かれています。

この店、マクロン大統領夫人のブリジッドさん(4代目がお父様)のご実家が経営。


1 rue Delambre 80000 Amiens 
https://www.trogneux.fr/
営業 (月) 13時45分~19時
(火)~(土) 9時30分~19時





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ソンム川とその支流のいくつもの水路が取り巻くサン・ルー地区は翌日の楽しみにとっておいて大聖堂をあとにしてちょっと街歩き。

レンガ作りが目を引いた住宅街にあるサン・タンヌ教会。
1865年建造。
赤煉瓦の家々が立ち並ぶ界隈に馴染んでいます。

L'église Sainte-Anne
63 Rue Vulfran Warmé
80000 Amiens





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高さ52メートルのブフロワの鐘楼、世界遺産です。
内部はグループ見学のみで個人での見学はできないようです。

Beffroi d'Amiens
Place au Fil
80000 AMIENS





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変わった塔がある家はSF作家でありアミアンの市議にもなったジュール・ヴェルヌ(Jules Verne1828 - 1905)の家。
現在はジュール・ヴェルヌ博物館になっています。
この不思議なオブジェは2005年の改装の際に作られたもの。






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この日は火曜日で閉館日。

学校でジュール・ヴェルヌについて勉強した息子にジュール・ヴェルヌが住んでた家行ってみたい?と尋ねたけど特に関心なさそうだったし、私も「80日間世界一周」は途中まで読んだようなどうだったっけ?というくらいの関心度なので、前日訪れることもなく、火曜日に閉館日と分かっていて、とりあえず見ておくかと家の前まで来たのでした。

Maison de Jules Verne
2 rue Charles Dubois
80000 AMIENS

(月)、(水)、(木)、(金)10時から12時30分 / 14時から18時
(土)、(日) 14時から18時
(火) 閉館

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