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Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入りの紹介、フランス各地を訪れた旅の記録。
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フランス南西部の旅⑫Figeacシャンポリオンの生誕地フィジャック

ペルピニャンでの一週間もあっという間に過ぎて朝フィジャックに向けて出発、自宅まで北上しながら2泊3日の旅です。
ですが、実はペルピニャン市内を散策していません。
ペルピニャン到着の翌日は市内のブロカントに行って街散策、という予定だったのにブロカントが中止になったので海に出掛けたので市内に行かなかったのです。
でも義妹もいるしまた来る機会があると思うのでその時に是非。




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途中、カルカッソンヌの城砦が見える高速のパーキングエリアで休憩。






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ペルピニャンから4時間くらいだけど、途中休憩したりお昼ご飯を食べていたら6時間以上掛かってしまってフィジャックに到着したのは16時頃。
これまで南西部には2回来たけど通り過ぎるだけだったフィジャック、ずっと来たいと思っていたけど今回もあまり時間がありません。
フィジャックから40分ほどのサン・ローラン・レ・トゥールという村のお宅の部屋をAirbnbで予約していて、家主さんが夜出掛ける用があるというので19時までに到着しなければならなかったのです。

まずはカルノ広場に向かいます。

観光案内所は広場から少し離れた所に。
Office de Tourisme du Grand Figeac - Vallées du Lot et du Célé
Hôtel de La Monnaie, Place Vival
46100 Figeac
https://www.tourisme-figeac.com/






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カフェが張り出して歩いている人も多く賑やかです。

毎週土曜日はこの広場でマルシェが開かれるそう。






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広場を後にして高台に建つノートルダム・デュ・ピュイ教会へ向かいます。
どっしりとした石造りの建物、12~14世紀の建物だそうです。






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ノートルダム・デュ・ピュイ教会
Église Notre-Dame-du-Puy de Figeac
1 Rue Victor Delbos
46100 Figeac






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12世紀後半に建てられたロマネスク様式。
1575年、宗教戦争の際にプロテスタントに占領されそれが1622年まで続いた。
その間に改修され、教会の基礎だけがオリジナルのまま残され、1666~1669年の間にほぼ全体が再建されました。






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司教杖(しきょうじょう Crosse épiscopale)が展示されています。






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その中のひとつ、定規にコンパス、これってフリーメイソンのシンボルです。

アレ・レ・バンの教会の六芒星以来、頭の中がこんがらがっています。






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教会の外からの美しい旧市街の眺め。






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石造りの重厚感ある建物が多く、街全体が美術館みたいで3年前訪れたサルラ・ラ・カネダに似ている雰囲気だと思いました。






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立派な扉です。
ロカマドゥールを経てサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼が通る街でもあり、12世紀ごろには商業の中心都市として栄えていたそうで、豪商たちが建てた邸宅が立ち並んでいる。






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細い路地がたくさん入り組んでいて、小さい街ながらも地図があった方が良いです。






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ロゼッタストーンのレプリカがある広場を目指していたのですが、どの路地も素敵すぎてあちこち入り込んでいたらもうどこを歩いているのか方向も分からなくなってきました。






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私は地図が読めない上に、路地を曲がると、あ、こっちも良いなぁとふらふら別の路地に消えるので後から付いてくる家族には怒られっぱなし…。






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右手の階段を上るとエクリチュール広場に出ます。
シャンポリオン広場に面したシャンポリオン博物館の裏手に当たります。






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突き当りの壁にこんなものが。
中世の家の壁にはこんな装飾が至る所に見られました。






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黒い花崗岩のロゼッタストーンの巨大レプリカがあるエクリチュール広場。
アメリカ人アーティストによって造られました。

Place Des Ecritures
8 Place Champollion
46100 Figeac






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ジャン・フランソワ・シャンポリオンは1790年生まれ、世界で初めて古代エジプト文字、ヒエログラフを解読しました。
シャンポリオンの生家が世界の文字をテーマとした博物館となっています。

Musée Champollion - Les Écritures du Monde
Place Champollion
46100 Figeac

1799年のナポレオンのエジプト遠征の際にロゼッタで古代エジプト文字を含む3言語が刻まれている石を発見。
その文字解読によってエジプトの歴史が明らかになりました。
エジプト遠征は失敗に終わり、勝利したイギリスに1802年ロゼッタストーンは運ばれ、大英博物館に展示されている。







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急ぎ足で回ったのでもうちょっと時間が取れたら良かったのだけど、古くて趣ある素敵な街でした。






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フランス南西部の旅⑪Figuerasサルヴァドール・ダリ美術館

せっかくペルピニャンまで来たので国境を超えてスペイン、サルヴァドール・ダリ劇場美術館があるフィゲラスへ。

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ダリが生まれた街です。








8時30分にペルピニャンを出発し、9時15分にフィゲラス市内に到着。
車で国境を超えるのは初めてでしたが、なんの問題もなくすんなり45分で到着。

ペルピニャンの姪っ子は中学の課外授業で来たことがあって、よく分からないものばかりで頭がこんがらがったけど面白かったと言っていました。
国境を越えて遠足に行くのかぁと思っていたけど、なるほど簡単に行き来できるわけです。






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ダリ美術館の近くに建っていたオブジェ。
あー、街なかがすでにダリっぽい、来たなぁ~という感じ。

美術館裏手にも駐車場はあるけれど、色々調べていたら、美術館まで歩いて7分(450m)の所に無料の駐車場が広がっているのでそこに停めました。
(無料の駐車場 Avinguda de la Costa Brava)

あちこちに美術館はこっち→の標識があるし、地元の人がダリ・ミュージアムはこの道だよと教えてくれたので地図無しでも辿り着けました。
地元の人にとってはフィゲラス来た外国人=ダリ美術館に行く人という図式なんでしょう。






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9時30分美術館に到着、チケットは前もってネットで購入していたので印刷したもの(スマホの画面を見せてもOKだけど念の為印刷しました)を窓口で提示して入場券に換えます。
10時30分を予約していたので、あと1時間街をぶらぶらしようと思っていたら窓口の人が9時30分のに変更してくれたのですぐに入場しました。

Théâtre-musée Dalí
Plaça Gala i Salvador Dalí, 5,
17600 Figueres, Girona, Espagne

https://www.salvador-dali
「Achat des billets」をクリックするとチケット購入ページなります。






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ダリ美術館の建物の像の頭にバゲット・・・・。

早く入場して正解、美術館を出る11時半頃には身動きも取れないくらい混雑していて、当日券売り場も長蛇の列でした。
バカンス中は入場券はネットで事前購入、朝早めの入場がおすすめです。






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中庭に入ると、ダリワールド全開。






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良く分からないオブジェや仕掛けがたくさん。
なんでこれがここに?とか、もうそんなのは考えないで見ることにしました。






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劇場というだけあって、以前は市立劇場だった所が廃墟になり、1974年、70歳の時にダリ自ら開園した美術館。

中に入ると広い空間を利用して大きな絵が。






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1階から眺めたときはダリの妻、裸体の後ろ姿のガラの周りはモザイクの絵。
2階から眺めたり、目を細めたり、カメラのレンズ越しに見るとリンカーンの肖像画が浮き出るという仕掛け。







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ダリのセルフポートレート。
ダリの手に掛かるとこんなになってしまう。






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階段の踊り場。
トウモロコシに逆さの人形、怖い・・・。






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「女優メイ・ウエストの顔部屋」
大きなばらばらのオブジェ・・・、






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階段を上って上から焦点レンズを覗くと部屋全体が顔に見える。
へぇーな作品です。
メイ・ウエストは1920年代のアメリカの女優。

こういう仕掛けがあるので子供たちも退屈せずに見れました。
ただ作品が多くて歩き疲れてましたが。
作品数は1万点以上。






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またバゲット・・・、ダリはパンが好きなんでしょうね。
トウモロコシまでぶら下がって。
考えても理解できないのでなんで?とは思わないようにして通り過ぎます。






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面白い構図の絵です。
妻ガラの髪を切るダリが鏡に映っていて、それをデッサンしているという複雑な構図。






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天井画です。
右の青い服は引き出しが付いてて、顔には髭があるのでダリなんでしょう、赤い服の方はガラ。






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ガラの肖像画。
ガラの絵が至る所に飾ってあって、溺愛ぶりが伺えます。






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ダリのベッド。
イルカの脚だそうで、シュールです。






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ダリがデザインした宝飾品の展示もあります。
別館には宝飾美術館もあります。






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宝飾品の展示の奥の方にあるのはダリの墓石。
自分の美術館内に眠っているなんて。
たくさんの観覧者がいてゆっくりできるのかな、賑やかな方がいいのかな、こういうのもダリらしいのかな。






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美術館の裏手の装飾がまた・・・、卵が乗かっていて、壁には無数のクロワッサン。
手前のベージュの建物はダリ宝飾美術館。
ダリ美術館のチケットで無料で入れますが、美術館を満喫して疲れたのでここはパスしました。

ダリ宝飾美術館(Museo Dali Joyas)
Plaza de Gala y Salvador Dali, 5,
17600 Figueres

ちなみに美術館のチケットで近くにあるカタルーニャ玩具博物館も30パーセント引きで入場可能です。
Musée du jouet de Catalogne
Carrer de Sant Pere, 1,
17600 Figueres, Girona,
https://www.mjc.cat/fr/






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ちょっと変わった形のクロワッサン。
街なかのパン屋やカフェのショーウインドーにはこの形のクロワッサンと、フランスで見掛ける普通のクロワッサン2種類置いてある所がありました。






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ダリ劇場美術館の前にあるサン・ペレ教会(Egliésia Sant Pere)。






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ダリが洗礼を受けた教会なんだそうです。






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天井画が美しかった。






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ランブラ広場(deBib-Rambla)の近くには、地面に描かれたダリのアート。






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ランブラ広場近くの通りにダリの生家があります。
Casa natal de Salvadori Dali
Carrer Monturid 6






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お昼ご飯のレストランに向かいながら建物観察。
出窓の装飾が凝っている建物が多い。






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パステルカラーが可愛い。
出窓だけがとっても豪華です。






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お昼ご飯はタパスのレストランへ。

「Sidreria Txot's」
Av. Salvador Dali 114
営業 12~24時

入り口もホールも2つあってサルヴァドール・ダリ通りの方から入るとカウンターにタパスが並べられているホールがある。
私たちは横道のTortella通りから入りました(写真)、開閉式の屋根があって、暑い日だったので定期的にミストが噴出して気持ち良かった。

メニューはフランス語、スペイン語、英語、カタローニュ語で書かれていました。
店員さんはフランス語が流暢だったのでホッとしました。(この後入ったカフェでは英語もフランス語も通じなくて指差し会話でした)






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冷製タパスはカウンター上のガラス扉を開けて自由に取るセルフスタイル。
爪楊枝の数で最後に清算するシステム。






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揚げたジャガイモにピリッとするソース(っていうほど辛くなかった)、チーズ、鶏肉、ほうれん草のコロッケを1個ずつ、イカのフリット。
コロッケの下のマッチ棒みたいなポテトが美味しかったので追加で注文、子供たちはそればかり食べていました。






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温製タパス。
エビ、中央はカマンベールを揚げたもの、右はバゲットに豚肉、チーズに玉葱のコンフィ。
揚げ物ばかりになってしまったけどどれも美味しかった!






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ダリ美術館を満喫して、美味しいタパスも食べて街を少しぶらっとしてペルピニャンに着いたのは16時頃。
カフェなどは開いていたけど、お店は13時~16時まで休憩で閉まっている所が多かったです、朝の開店が9時と早いけど昼休みが長い模様。

高速は2か所料金所があって、帰りは1か所目に税関の検閲員が、2か所目に警察がいましたが我が家は家族連れだからか止められることなく通過。
高速料金は往復で約10ユーロ、ペルピニャンから気軽に行けました。

次回ペルピニャンでバカンスを過ごす時はバルセロナまで行きたい。
車で2時間くらいだそう。
いつになるか分からないけど今から楽しみです。

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フランス南西部の旅⑩ Château de Peyrepertuse カタリ派の城 ペイルペルチューズ城

カタリ派の城、2か所目はペイルペルチューズ城へ。
ケリビュス城からは30分弱なのでセットで訪れる人が多いようです。
私たちも実際にケリビュス城で会った家族連れ3組とまたペイルペルチューズ城で再会しました。



ケリビュス城が属しているキュキュナン(Cucugnan)という村を通り過ぎます。







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Cucugnanの村、全景。
左上、木立の横に見えるのは風車。
旅番組で、村のパン屋はこの風車で挽いた小麦でパンを作っていると紹介されていました。
パン屋の親方(という呼び方がぴったりくるような職人っぽい人でした)と一緒に働いているのは日本人の方だったような。
時間的に余裕があったらこのパン屋でパンを買ってサンドイッチを作って城砦で食べる、と良いかも。







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ペイルペルチューズ城が見えてきました、てっぺんまで行きます。
標高800mの石灰岩盤の上に築城されている。
ふもとに見えるのはドゥイヤックの村。






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Château de Peyrepertuse
11350 Duilhac sous Peyrepertuse
https://www.peyrepertuse.com/pr%C3%A9parer-la-visite/
時期によって時間が変わるので上のサイトで要確認。

大人9ユーロ
6~12歳 5ユーロ
6歳未満 無料
チケット売り場の近くにトイレがありますが、城砦の中にはありません。

車を停めてからここに来るまで木々が生い茂る山道を登ること約20分。
上から降りてくる人がいる時は脇に避けたりしないと通れないし(夏休み中なのでかなり混雑していました)、滑りやすいのでゆっくり登ります。







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l'église Sainte-Marie.

12世紀のゴシック様式のサント・マリー教会。
15世紀に改修され、近年も修復工事が行われている。

城は10世紀頃に建て始められ、その頃はカタローニュに属しており、その後アラゴン王国領になりました。
アラゴン王は南仏のあちこちに領土を持っていて、常に領土争いや勢力争いをしていた。
その後、カタリ派対十字軍の対立、フランス対スペインの国境警備、と城の用途が変わっていきました。






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城の入り口やサント・マリー教会がある部分は「Château bas」と呼ばれています。

城は全長300メートル、一番広い所の幅60メートル、「Château Bas 下の城」と「Enceinte Médiane 中央の城壁」「Château Saint George サン・ジョルジュ城」の3部分から成る。







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「中央の城壁」から見た「下の城」
下の城はアルビジョワ十字軍時代より以前に築かれていました。






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「Château Saint George サン・ジョルジュ城」と呼ばれる部分に登ります。
城は30~40メートルの崖の上。






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「Escalier de Saint-Louis サン・ルイの階段」。
60段ある階段は直接岩を削って造られたもの。






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1240年フランス国王の所有となった後、1242年、サン・ルイ(=ルイ9世、1214-1270 1297年に列聖されて聖ルイとなった。パリのサント・シャペル礼拝堂を建てた国王)によって建てられた王宮の要塞(スペイン国境を守備するため)で、「下の城」への侵入に成功した敵を防御できるように造られた。

頂上の「Donjon Sant-Jordi サン・ジョルディ天守」は1250年頃建造。







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階段の途中で振り返ると、そこにはガイドブックで見て以来ずっと見たかった光景が目の前に現れて感動しました。







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ここも結構急な階段。
家族連れが多く抱っこ紐での赤ちゃん連れとか小さい子供たちもたくさん来ていました。
私たちは子供たちを義妹の家に留守番させてきたけど、本当にそれで良かったと思いました。
子供たちの安全確保に気を遣って満喫できなかったかも。







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ケリビュス城に比べたら風は強くなかったけど、上に登るにつれて風が吹きつけてきます。







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空に飛びだしたかのようなこの場所、「下の城」部分が綺麗に収まる絶景ポイント。







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これです、この光景。
ずっと見たかったのです。

13世紀の城がこんなちゃんと残っているのはかなり修復されているからだと思うけど、フランスの建築物や遺産に関しての予算は本当にすごいと思う。
日本だったらいくら歴史があってもこんな山の上の城砦にかなりの予算割いてないと思います。







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あまりにも感動して何枚も写真撮りました。
右端に写っているのが駐車場で奥にトイレやチケット売り場があります。
ここには車を停められないほど混んでいて、つづれ織りの坂道を500m程下った所になんとか停めることができました。
なので頂上に来るまでかなり坂道を登ったことになります。







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下にドゥイヤックの村、向こうの山に小さく角のように飛び出ているのがケリビュス城。







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この日は鷹匠のスペクタクルがありました。
7月下旬から2週間、1日3回のショー。
この日の気温は30度超えていたのですが、標高800mです、風もあり半袖では寒かった。
ショーを見ている間中、リュックサックを盾にしていましたが羽織る物を持って来れば良かったと後悔しました。







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私はこの2か月間で4回目の鷹匠のスペクタクル(娘の遠足の付き添いでプロヴァンで、地元の中世祭りで、この数日前にサファリ動物園で)。

ちょっともういいかなと飽き気味だったのですが、ショーというより鷹やフクロウの習性や性格、環境、鷹匠の仕事についての説明が多くてためになり見て良かったです。
それに標高800メートルの廃城で見るショーは格別でした。

と言いつつ、右の男性が、映画「王妃マルゴ」に出演した時のジャン・ユーグ・アングラードにそっくり過ぎてそちらに集中してしまいました。






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ペイルペルチューズ城は 「Cinq Fils de Carcassonne カルカッソンヌの5人の息子」と呼ばれるカルカッソンヌの南を固める5つの重要な要塞のひとつ。
他の4つは、ケリビュス城(Quéribus)、ピュイローレン城(Puilaurens)、テルム城(Termes)、アギラール城( Aguilar)。
行ってみたい城がまだまだたくさんあります。

暑い日が続いていたのでサンダル履きの人も多かったけど、雨の日や秋~冬にかけては湿っぽくなり滑りやすいのでトレッキング用の靴が必要だと思います。
風が強く帽子も飛びやすいのできっちりしたものと、防寒対策も忘れずに。

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ツタンカーメン・ファラオの秘宝展(Toutânkhamon, le trésor du Pharaon)

フランス南西部の旅の記録の途中なのですが、2019年3月23日~9月22日までパリのラ・ヴィレットで開催されている「ツタンカーメン ファラオの秘宝展」に行ってきました、もうすぐ閉幕です。

エジプト考古学、あまり興味がないので子供たちの付き添い、くらいの気持ちでいたのですが、9月はじめにRMCというチャンネルでクフ王のピラミッドの内部を2年間に渡り調査するルポルタージュを見て俄然興味が湧いてきました。
番組の内容は、名古屋大学の森島教授の研究チームが原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンの透視(宇宙から降り注ぐ素粒子ミューオンを使ってレントゲンのように可視化する)により、ピラミッド内部に空間があることを発見。
赤外線やレーダーなど別の方法で研究していたフランスやカナダのチームも同じ場所に未知の空間があることを発見した、というもの。
その未知の空間がツタンカーメン王の墓のように宝物で溢れていたなら・・・と想像するだけでも楽しい。
こういうモチベーションで見に行ったのでとても楽しめました。


Parc de La Villette
GRANDE HALLE
75019 Paris
2019年3月23日~9月22日
9月21日までは8時~24時まで開館
9月22日は8時~21時30分まで
料金 : 大人 平日22€、週末24€ / 4-14歳の子ども 平日18€、週末20€/ 4歳未満 無料
ウェブサイト https://lavillette.com/programmation/toutankhamon_e185
8月下旬にチケットをネットで購入して学校が休みの水曜日に行きましたが、時間指定とはいえ1時間以上並びました。
今サイトを見たら、既に完売しているようでネットでの購入はもう不可能な模様。
現地で直接だったら買えるのでしょうか。




古代エジプト第18王朝のファラオ(紀元前1333年頃 ~ 1324年頃)であるツタンカーメンは、18~19歳の若さで逝去し、ルクソール近郊の王家の谷に副葬品と共に埋葬されました。
1922年11月4日に、イギリスのカーナヴォン卿がパトロンとなり考古学者ハワード・カーターにより墓が発見されました。
記録されている古代エジプトのファラオは約90人、すべての墓は盗掘されていて、ツタンカーメンの墓だけが無傷のまま発見された。

この展覧会では、ツタンカーメン王の墓で発見された宝飾品、装身具、彫像など150点が展示。
そのうちエジプト国外では初公開となる品が50点。
これらは2022年ツタンカーメンの墓発見100周年記念に開館予定のギザのピラミッド近くに建設中のエジプト大博物館に収められる予定の物で、これがエジプト国外での見納め。



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ルーブル美術館所蔵のアモン神。
ファラオを守る神で、墓が発掘された当時ピラミッドの入り口に立っていた。






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後ろにはヒエログラフが書かれている。
1か月半ほど前にヒエログラフを解読したシャンポリオンの生誕地、フィジャックを訪れたのでなんだか色々繋がるなぁと思い返してみたりしました。






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画像が小さいですが、ファラオの玩具。
チェスのような感じです、象牙でできています。
この時代のモノづくりの技術が凄い・・・・、宇宙人の仕業かと思う…。






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陶器の水差し。
鮮やかなブルーが綺麗。
いびつではなく整っていて3300年以上も前のものとは思えません。






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方解石(カルサイト)製の瓶。
左側のはパピルスの花と蓮のモチーフが施された香油入れだそう。
右のも花弁の型で、植物とヒエログラフが書かれている香油入れ、ツタンカーメンとその妻、アンケセナーメンの台座の上に置かれていた。






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ツタンカーメンが9歳で王位に就いた時の玉座。
木と象牙、金箔でできていて、足を置く台もあります。






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ツタンカーメンの寝台。
木製に金箔。
エジプト国外で展示されるのは初めての物だそう。






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木製に金箔が貼られた扇。
半円形の部分には小さな穴が一列に開いていて、そこにダチョウの羽が差してあったのだそう。






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彫刻が施された弓矢。
ハワード・カーターとそのチームは、ツタンカーメンの墓で5398点ものオブジェを発見し、その中には弓が80点、矢が400点もありました。






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儀式用の盾。







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30数点の金が塗られた木製の小像があり、これはそのうちのひとつ、「小舟の上で鑓を放つツタンカーメンの小像」。
高さ75センチの小さな像。






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la couronne blanche(クーロンヌ・ブランシュ)という古代エジプトの被り物をしたツタンカーメン。
脚が一歩踏み出しているので動きが感じられる像です。






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こちらは創造神Ptah(プタハ)の高さ60センチの像。
プタハは頭巾を被っており、それを青の陶器で表している。
建築家の守護神であり、墓を建てた者たちや埋葬品の守護のため一緒に埋葬された。






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190センチもあるこの像は等身大のツタンカーメン。
2体あって、埋葬の部屋の前に立っていたそうだ。






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ミイラの周囲には黄金のバンド。
スカラベや鳥、ツタンカーメンの名前や守護するための言葉がヒエログラフが書かれており、それらはラピスラズリや七宝で彩色されている。
3300年も昔にこの技術、やっぱり宇宙人かな・・・。






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下は展覧会のポスターにもなっている金製のカノプス(canope)。
王が死後の世界で生きるのに内臓が必要との考えで、遺体をミイラ化する前に取り除いた内臓を納めていた。
ポスターで見ると大きい物かと思っていたら、高さ39、5センチの小さなものです。

上は方解石製で、王の頭が壺の蓋となっている。







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宝飾品の細工が素晴らしかった。
スカラベモチーフはあちこちで見られました。
ラピス・ラズリの青がとてもきれい。
そういえば、小学生か中学生の頃、エジプト展に行ってスカラベのブレスレットを買ったことを思い出しました。






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細工がとっても精密でため息が出ました。
金、ラピスラズリ、ターコイズ、紅色玉髄(ぎょくずい)石、水色のガラスでできたペンダント、美しかった。







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翼を広げた鷹の金製ペンダント。






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ヒマラヤスギでできた脚付きの箱。
ヒエログラフで縁取られています。


他にも陶器製のヘッドレスト、ブーメラン、トランペットなどなど興味深い副葬品がたくさんありました。






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ツタンカーメンのミイラの写真。
黒い樹脂で塗られている。
黒い肌で描かれている冥界の神オシリスのように、黒く塗ったらしい。

父親アケトナンには愛されていなかったようで、ツタンカーメンの名はどの文献からもわざと消されたり、近親相関(父親と母親は兄妹の間柄)で生まれたせいで病気がちで体が弱く、足も悪かったらしい、死因はマラリアと言われている。
妻は異母姉妹で、女の子供2人は死産、胎児のミイラが発見されている。






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ツタンカーメンの墓の見取り図。

ちょうど展覧会に行った翌日、France 5でツタンカーメンの墓についての番組を放送していました。
なぜ3300年以上も発見されなかったのか、という内容でした。

先にも書いたように石碑や文献から名前を消されたり、他の名前に書き替えられ存在を抹消されていたこと。
王が予想外にも若くして亡くなったので大きな墓を作る暇がなく小さなものになったこと。
埋葬の部屋に続く通路は石の壁のあとに無数の大きな石で埋められ、また通路や部屋があると石の壁、無数の石…の繰り返しで幾重にも防護されていた。
王家の谷には無数の墓があり、ツタンカーメンの墓の上に周囲の墓を発掘した際の土砂が積まれ埋もれてしまって発見に時間が掛かった・・・・と展覧会を見た直後にとてもタイムリーで興味ある番組でした。

今まで足早に通り過ぎていたルーブル美術館のエジプト部門、行きたいけど大きな美術館は疲れます…。
貴重なものをたくさん見れた良い機会でしたが、ヴィレットも時間指定であっても並んで、入場制限してあっても内部は人でごった返しててちょっと疲れました。

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フランス南西部の旅⑨Château de Quéribus カタリ派のケリビュス城

私が夏休みを過ごしたフランス南西部のこの辺り、オクシタニー地方(Occitanie)と呼ばれています。
2016年にラングドック・ルーシヨン地方(Languedoc-Roussillon)とミディ・ピレネー地方((Midi-Pyrénées)が統合されてできた名称。



中でもオード県(Aude)は、Pay Cathare(ペイ・カタール/カタリ派の里)と呼ばれている。
アルビやトゥールーズを中心に12~13世紀に活動したキリスト教異端派であるカタリ派=アルビジョワ派が、教皇とフランス国王から派遣されたアルビジョワ十字軍の弾圧を受け、籠城した城が多数残っています。

今回はそのうちのケリビュス城とペイルペルチューズ城を訪ねました。
ケリビュス城はペルピニャンから40分ほど。





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駐車場から見たケリビュス城。

ここに来るまでくねくね山道を登ってきました、崖側はガードレール無し。
前日のサン・テルム要塞の山道に続き、運転する夫はまたこんな所に連れてこられたと発狂寸前、今まで知らなかったけど高所恐怖症までいかないけどあまりにも高い所は苦手なよう。
旅行のルートはすべて私が決めているので、夫は到着するまでどんな所に行くのか知らないことが多い。
アレ・レ・バンからペルピニャンに向かう途中の道から、左手向こうの方にペイルペルチューズ城とケリビュス城がうっすら見えたので、険しそうとか大体の見当はついてると思ったんだけど・・・。

Château de Quéribus
11350 Cucugnan
https://www.payscathare.org/les-sites/chateau-de-queribus
時期によって時間が異なります、上のサイトの右側「Horaires」で要確認。
大人 7,5ユーロ
「Tarif」の項目で料金を調べられます。





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駐車場のそばにトイレ、チケット売り場があります。
チケット売り場から城までは砂利の坂道を上り徒歩で10分ほど。






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一応ロープが張ってありますが、塀というか階段の壁が低いのでロープがあっても心もとない。
標高728メートルの所に建っています。






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風が、突風のような強風が定期的に吹き荒れて体ごと吹き飛ばされそうになるほど。
この日、子供たちは義妹の家でお留守番、夫と2人で来て正解でした。
突風が吹く度に歩みを止めて低い壁に身を寄せていましたがちょっと怖かったです。






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城の入り口。
よくこんな高い所にちゃんとした建物を建てたものだと感心します、どうやってこんな厳しい環境の所に?
昔の人って凄い、宇宙人の仕業ではないかと思ってしまう。






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向こうに見えるのはこの後行くペイルペルチューズ城。
これまた登り甲斐がありそうな凄い所に建ってる城、夫の大きなため息が聞こえます。






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ケリビュス城は1255年5月十字軍によって陥落しました。






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十字軍の後はフランス領となり、ピレネー山脈を挟んだスペインのアラゴン家に対抗するための要塞となりました。
16世紀に増改築され、十字軍の頃の壁はあまり残っていないらしい。






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内部には教会もあります。
信仰のために迫害され、こんな山に城を築いてまで立て籠もった、壮絶としか言いようがありません。
捕らえられた信者たちは火刑に処せられた。






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地下への階段。






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再び外へ。

良く見ると城壁の修復作業してる職人さんが3人います。
2人は命綱してましたが、もう一人の人は何もなしで作業していて見ているこちらが怖かった。
この人たちのおかげで安全に(自己責任な部分が大ですが)登って見学できるのですね。






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風のため、景色を眺めながら階段を降りる余裕はあまりなかったけど、城の上からは景色を堪能しました。






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白い石灰岩の山が美しい。

麓にはブドウ畑が広がっていて、ここに来るまでの道沿いにはブドウ畑とラングドックのワインの試飲や購入ができるシャトーがたくさんありました。
夫のいとこがこの辺りに住んでいて、いとこの友達がワインを作っています。
最近日本からのお客さんが多いのでと言ってパンフレットの日本語訳を頼まれたのがもう10年以上前のこと。
お礼にワインをたくさん貰いました、いつか訪ねてみたいなと思ったけど、いとことはバカンスに出掛ける時期が重なってしまい今回は会えませんでした。
ワイン好きな人にはカーブがたくさんあるのでたまらない地方です。

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フランス南西部の旅⑧港町ポール・ヴォンドルとサン・テルム要塞

コリウールの街から見えたサン・テルム要塞(Fort Saint Elme)へ。

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車だとポール・ヴォンドルの街を通って行きます。






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ポール・ヴォンドルの港。
良い雰囲気だったので少し歩いてみました。






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この先の港にはコンテナ船がいっぱい、港沿いにはカフェが並び人がたくさん。
でもコリウールほど混雑しておらず、駐車場も簡単に停められました。






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コリウールの観光案内所で聞いた行き方は3つ。

①コリウールの街出発の観光トランで行く(帰りはポール・ヴァンドルの街へ降りていく)。
要塞では景色を眺めるため数分停まってくれる。→要塞の中を見学したいので×
(もしかしたら中を見学したい人は次のトランに乗れるかも?要確認です)

②コリウールから徒歩。
現代アート美術館から風車を目指して山を登る、40分くらいかかると言われました。→暑いし子供3人連れているので×

③車で。
ポール・ヴォンドルまで道なりに進み、山の方へ向かい住宅街が途切れた所から狭い山道を700メートル進むと到着。
但し、観光トランが下りてくるルートと重なっており、離合がかなり厳しいくらい狭いのでとにかく気を付けて、と言われましたが、これしか方法がない!

あと700メートルの看板から本当に狭く、観光トランが下りてきたら絶体絶命、絶対離合できないし、ガードレールもない崖ギリギリをバックするなんてかなり危険。
上から車が下りて来た時はちょうど少しだけスペースがあったので離合できたけど、車体の長いトランなんて無理、どうか観光トランが下りてきませんようにとそれだけを祈り続けました。

夫は冷や汗もので運転し、到着したらストレスからの解放で叫んでおりました。





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上から見るとちょっと不格好な星型です。

Fort Saint Elme
66190 Collioure

月曜~水曜、金曜~日曜 10時30分~19時
冬期は開館時間が変わるのでサイトで要確認
木曜 休館
大人自由見学 7ユーロ
6歳~18歳 6ユーロ
6歳未満 無料

私たちは大人二人と、4歳と8歳と10歳の子供三人だったのだけど、子供たちの分は無料にしておきますと言われ(なぜかは聞かなかったけど)大人の分だけ支払いました。





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コリウールの街はマヨルカ王国(地中海の島)の支配下だったり、アラゴン王国(イベリア半島、スペインのアラゴン州)のものになったり、フランスのルイ11世が占領したりして、1552年、神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン国王カルロス1世 1500~1558)が海岸線を守るための要塞としてサン・テルムを建てました。

1643年ルイ14世がコリウールを占領しフランス領となってからヴォーバンによって強化された。






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カール5世の時代にはお堀はなく、1659年にヴォーバンが大砲や歩兵を配置しやすいように外側にもうひとつ城壁を造りました。







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お堀の内側は今では植物が植えられていますが、緩やかな坂道になっていて、1793年スペイン軍がコリウールを占領した際、1794年フランス軍とスペイン軍が要塞内で対面した所。
定期的に砲弾や銃剣が見つかるのだそう。






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中へ入る階段、強固な要塞そのもの。






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跳ね橋。






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コリウールを守備するためもうひとつミラドゥー要塞(Fort Miradou)があり、山には2つの塔(マドロック塔 Tour Madelocとマッサヌ塔 Tour de la Massane)があります。
海辺には城砦(シャトー・ロワイヤル)があり、国境に近い海辺の街には強固な守りが必要だったことがうかがえます。





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ここからだと本当にコリウールの街が良く見える。
カール5世って、ヨーロッパ中を駆け巡って戦ったというのが真っ先に浮かぶイメージです、戦略が長けていたのでしょうね。





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内部には甲冑や槍などが展示されています。

カール5世の時代、200から1500人の兵隊たちがいましたが狭いので全員が中で寝ることはできず、多くの兵隊は外のテントで寝泊まりしていたそう。





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カール5世はフランス王フランソワ1世と戦ったり、オスマン帝国とも戦った。
展示されている盾はオリエンタルな装飾が多い。





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外に出るとここからの展望は素晴らしかった。
コリウールからポール・ヴォンドルへ行く途中の海岸沿いを見下ろせます。
リゾート用マンションが立ち並んでいます。





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この要塞、結婚式や子供の誕生会をすることが可能です。

チケット売り場の方が、「一昨日の土曜日、結婚式があったんだけど、強風と大雨のせいで夜山を降りられなくて、帰宅したのは日曜の朝8時だった」と疲れた様子で話してくれました。

一昨日とは私たちがアレ・レ・バンに行った日のことです。
翌朝は晴天だったのだけど、予定されていたペルピニャン市内のブロカントも雨のせいで中止になっていたし、私たちも色々予定が狂ってしまった大雨。

こんな山道、夜はもちろん大雨の日は危険です。
それでなくても離合が難しいのに、招待されたら嫌だなと思ってしまいました。
でも晴天なら絶対良い写真が撮れます。






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コリウールの街と海、ブドウ畑を一望できる素晴らしい眺め。
行くまで大変な山道だったけど行って良かったと思える眺め。

向こうの海岸線にはコリウールから10分のアルジュレス・シュル・メール(Argelès-sur-Mer)やもっと右上の方にはペルピニャンから20分のカネ・オン・ルーシヨン(Canet-en-Roussillon)のビーチがあって、2か所とも海水浴に行きました。

特にアルジュレスの方は海水浴の後は、タパスや海産物のレストランもたくさんあるので魚を食べて、ワインやソーセージなどの物産、雑貨屋や服(麦わら帽子とか水着とか)やカフェ、アイスクリームのスタンドなどが数百軒も並んでいるヴィラージュみたいなのがあって買い物も出来て楽しみました。

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フランス南西部の旅⑦Collioureスペインに近い可愛い海辺の街

ペルピニャンから南東に30分ほど、スペイン国境まで20数㎞の海辺の街、コリウール(フランス人の発音はコリューとかコリュールに近いけど、日本のガイドブックなどにはコリウールでの表記が多いのでコリウールと書きます)へ。



コリウールに行くと言ったら、可愛くて絶対好みな街だよー、と親戚みんな口を揃えて言うのでとっても期待して行きました、期待を裏切らない素敵な街でした。





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向こうの山に昔コリウールの街を守るために造られたサン・テルム要塞が見えてきました。
海の青がとっても綺麗だった。

駐車場を見つけるのに30分近く掛かってしまうほど大混雑していたけど、ビーチはあるし、雑貨屋やレストランもたくさんある、路地には可愛い家が並んでいて人が集まってくるのに納得しました。





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鮮やかな色のブーゲンビリアに、暖かい色の家々、路地を進み時々振り返りながら角度を変えて見たり、角を曲がるとまた素敵な家が並んでいて、写真撮りまくりです。

写真撮りまくって、あらゆる路地を行ったり来たり歩きまくって一緒に行った甥っ子(8歳)に呆れられました。





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肌色っぽいピンクの壁に真っ青の雨戸、この色の組み合わせ、考え付かないけど、この街にはしっくり似合ってる。






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坂を上ってひらけたところから風車が見えるなんて素敵です。
この風車は昔、実際に製粉所として使われていました。

2001年に修復されオリーブオイル作りの風車となり、毎年夏の間だけ水曜と日曜の10時から12時まで見学可能で、オリーブオイルの販売も行っているそうです。

MOULIN DE COLLIOURE
Parc Pams
66190 COLLIOURE






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コリウールには小さなビーチが4つ、砂浜や小石などそれぞれ違います。
波は穏やかで、底が透けて見えるくらいきれいな海。






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7世紀に城が建て始められ、1242年~1280年の間に本格的に建てられた王宮(シャトー・ロワイヤル)。
のちにヴォーバン(ルイ14世に仕えた軍人、建設技術者)によって強化されます。

Château royal
Quai de l'Amirauté
66190 Collioure

中は見学可能、4ユーロ






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右端に見えるのは17世紀に建てられたノートルダム・デザンジュ教会。

中は見学しなかったのだけど、後で調べたら金箔で装飾されたバロック様式の祭壇が今まで見たことないくらい豪華なもので、中に入らなかったことを後悔しました。
やっぱり行く前にちゃんと調べないとだめです、後悔することが多い。

Église Notre-Dame-des-Anges
2 Place de l'Église
66190 Collioure

並んだ船もカラフルで可愛い。





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画家が描いたところに額縁が立ててあります。
画家の視線だと良いアングルで撮れます。






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ここからはユニークなデッサンの観光船の向こう側に見える地区を散策。






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賑やかそうな広場、6月18日広場に出てきました。
この右手に観光案内所があります。

コリウール観光案内所
OFFICE DE TOURISME DE COLLIOURE
Place du 18 Juin
66190 Collioure






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路地には雑貨屋、レストラン、カフェ、アイスクリーム屋、マルセイユ石鹸の店、ギャラリーなど並んでいて、行きかう人でごった返していました。

スペインが近いこともありタパスのレストランも多く、テラスで食べている人のを見たらとっても美味しそうでした。






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量り売りのクッキーや、フレーバーが豊富だった手作りアイスの店、サヴール・ダンタン。
キャラメルのアイス、美味しかったです。

Saveurs d'Antan
4 Rue Pasteur
66190 Collioure






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100グラム6,5ユーロのクッキー。
レモンやオレンジのコンフィが乗ったものなど6種類くらい買ってみました。
ちょっと生地が固いかなと思ったけど、素朴で甘さ控えめでした。






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食べ歩きしながらの散策は楽しい。






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花に坂道、教会の屋根、ちらっと見える海、もっと良いアングルで上手く撮れたら良かったんだけど、この辺り特に絵になる路地ばかり。






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この通り、ギャラリーが立ち並んでいる。

この街でアンリ・マティスがフォービズムの活動を始めました。
ピカソやレオナール・藤田などもこの街を訪れ絵を描いたそうで、今でもたくさんのギャラリーがある。





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夏でビーチにも通りにも人が溢れていて活気があって、家の壁や雨戸、植物や花、色で溢れていてとにかく鮮やかで眩しいキラキラした街。

冬になるとビーチから人が消えて、通りも地元の人ばかりでまた印象が変わるんだろうと思います。






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入り江の奥の岩に建つサン・ヴァンサン礼拝堂(Chapelle Saint-Vincent)。

子供たちはしばし水遊び。
この後は、サン・テルム要塞まで行ったのですが、これがなかなか大変でした。

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