Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入り、時々美味しい物も紹介します
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Jossignyのブロカント・19世紀の鋳物のアイロン

2013年6月16日(日)の2か所目は(前回この2か所目をアップするつもりがとばしてディゴワンの皿をアップしてしまった、1か月近く前の事となるといい加減記憶が曖昧になるものだ)パリの東32㎞・ジョシニーのブロカントへ。

フランス革命期間中の1793年頃と現在の人口がほとんど変わっていない(600人位)という街も珍しい。

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1753年にジャック・アルドゥアン・マンサール ( Jacques Hardouin-Mansart 1711-1778/パリのオスマン様式のアパルトマンの屋根に見られるグレーのトタン屋根、マンサール屋根を広めたバロック建築家であるフランソワ・マンサールの子孫の一人)により建築されたジョシニー城。
毎年9月のヨーロッパ文化遺産の日のみに公開。





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左の建物は市役所。
こういう小さな街の市役所はどこも教会のそばにあって、古い建物を利用していて三色旗がなければ市役所とは分からないくらい小規模。





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ここで見つけたのは、1800年代後半の鋳物のアイロンとアイロンを置くための台。
電気がない時代なので、暖炉やかまどの炭で暖めて使用していた。





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売主さんは、これとお揃いの鋳物のごつごつした鍋と、鍋にセットする網(天ぷらの時に使うような)も売っていたのだけど、アイロンだけ購入。
その鍋、ハンカチなどの小さな布製品を「煮洗い」するためのものだそう。
売主さんはためらいもせず気持ちよくアイロンだけ譲ってくれたけど、こういうのはバラバラにせず、やっぱりまとめて買うべきだったかな?とはいえ使い道に困る。






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中央少し上にこのアイロンを作ったArmand Chappée(アルマン・シャッペ 1835-1922)の、AをCで囲んだイニシャルと、下にはCHAPPEE(シャッペ)の文字が見える。

アルマン・シャッペは1856年に製鉄会社に入社し、のちに社長の娘と結婚、娘が経営を引き継ぎ、アルマンも鉄道と電信機の発展に貢献し、1889年のパリ万博・鋳物部門でグランプリを受賞。
その後自分の息子と別にもうひとつ会社を設立(暖房器具の会社として現存)、鋳物の暖房機、オーブン付きガスレンジ、ストーブ、かまど、鋳物の調理器具、排水溝の蓋など、鋳物に関するものを次々と生み出し、1891年にはレジオンドヌールを受勲した、というフランスの鋳物・製鉄の発展になくてはならない人。





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錆もなく黒光りしてとても良い状態な上に、このレースみたいな模様も綺麗。
電気がなくて使いたい時にすぐにはアイロンを使えない時代だけど、ただのアイロンとその台にまで芸術が感じられる。

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