Ma Petite Brocante

フランスのブロカントで訪れた街、ブロカントで見つけたお気に入り、時々美味しい物も紹介します
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古絵葉書のサロン ギロチンとマリー・アントワネット

2014年1月12日(日)は、Ozoir-la-Férriere(オゾワール・ラ・フェリエール)で開催されたサロン・ド・カルト・ポスタル(古絵葉書の展示即売会)へ。
予想通り売り手も買い手もほとんどが年配の男性。

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アルバムや木箱にテーマ別にきっちり並べられているのだけど、とにかくジャンルが多いので自分が探しているテーマを売主さんに言って絵葉書の束を出してもらい、1枚1枚見てゆく。

私が探しているのはフランス革命に関する物、特にマリー・アントワネット。
売主さんたちによるとこのジャンルはあまり需要がないそうなので私にとっては探しやすい。
かなりのスタンド数があったけど、なんせ見る枚数が半端なく多いので全てのスタンドは回りきれず。





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5,6人の売り主さんの持ち物からじっくり選んだのがこれら。





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1789年10月5日、パリ市民がパンを求めてヴェルサイユに行進。
翌6日、国王ルイ16世一家はパリへ出発し、チュイルリー宮殿に住むことになる。
これは、パリへ出発する際の様子を描いたもので、もともとはイギリスで発行されたエッチングを絵葉書にした物。





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1793年、革命裁判所(Tribunal Révolutionnaire 1793年パリに設置された特別犯罪裁判所)でのマリー・アントワネット。
左側の机に座っている帽子の男が革命裁判所の検事アントワーヌ・フーキエ・タンヴィル、手前が陪席判事のジャック・ルネ・エベール。
のちにこの2人もギロチン台に送られる。





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起訴状が読み上げられるのを聞くマリー・アントワネット。





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1793年10月16日午前4時満場一致で死刑判決を受け、12時15分コンコルド広場にてギロチン刑。





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そしてこちら、ギロチンの写真の葉書。
落ちた首を入れる柳で編まれた籠がセットされている。

安達正勝著「死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男」というムッシュー・ド・パリと呼ばれたパリの死刑執行人の暮らしぶりや苦悩を回想録を基にして書かれた本が面白くて、モンマルトル墓地にサンソン家の墓参りに行っただけでは気が済まず、どうしてもギロチンの写真が欲しくてずっと探していたのだ。

そして死刑執行人にまつわる話を。
死刑執行人には1721年までは給料というものがなく、市場で食料や日用品を売る商人から一定の品物を税金として現物徴収する権利が与えられていた。
パン屋もサンソン家に税金としてパンを渡していたが、処刑はたいてい正午に行われることが多いので昼どきにパンを受け取りに行くことが出来ない、そこでパン屋は他の客にサンソン家のパンを渡してしまわないよう目印として裏返しにしてとっておいた。
フランスで「パンを裏返しに置くと不吉なことが起きる」という迷信の由来はこれ。
パンをきちんと渡すという目的以上に、国王の命令で犯罪者を刑に処す仕事だけれども人々からは忌み嫌われ除け者にされていた処刑人一家への差別の意味も含まれているものと思われる。

ちなみにルイ16世やマリー・アントワネットの首を刎ねたギロチンの刃は、サンソン家最後の死刑執行人が借金のために質入れ→買戻し→その後知人のイギリス人に買い取られ、今はロンドンのマダム・タッソー蝋人形館に展示されている。

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